ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない ( No.6 )
日時: 2011/08/17 00:11
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

そのまま夕食時まで雪は帰って来なかった。年頃の子だから、と叔父さんから言われたが、特に俺は気にもしなかった。
夕食は一つのテーブルを囲んで食べる、どこの家でも常識的な食べ方だった。俺の目の前に叔父さん。そして左側に雪がいるといった感じだ。元々この家には叔父さん、叔母さん、お姉さん、そして雪といった4人家族だったのだが、お姉さんは上京し、叔母さんは何年か前に他界。現在では叔父さんと雪の二人暮らしだったところを俺が居候として加わったという形だ。
今日の夕食は、テーブルの真中に肉じゃがが盛られた大きな皿。そしてアジの焼き魚に、煮物が人数分。十分おかずにはなる料理だった。

「おや? 雪、食べないのかい?」

叔父さんの言葉に合わせて雪を見ると、雪は箸を持ったまま微動だにせず、おかずである肉じゃがを見つめていた。その表情は、どこか強張っている。叔父さんに声をかけられても、心が奪われたかのような放心した面つき座っていた。

「そんなの……」
「え?」

叔父さんは煮物をパクリと食べ、コリコリ言わせながら雪を見る。俺は肉じゃがをご飯に盛るところだった。

「色々ダメでしょぉっ!?」
「……コリコリ……」

雪が突然テーブルを叩いて凄い剣幕で俺と叔父さんを睨むが、その食卓には叔父さんの煮物、恐らく音的にたけのこだろうか。その食感を伝える音しか、この食卓には無かった。
それから数秒後、叔父さんはたけのこを食べ終えたのか、コリコリするのを止めて、依然として立ちっぱなしの雪へと口を開いた。

「皆で一緒に食べるのは、美味しいだろう?」
「いや、だから! お父さん、根本的に間違ってるから! そろそろ、何で憂が私の家に居候することになったのか話してよっ!」
「まぁ、落ち着きなさい。憂君は、今日引っ越してきたばかりだというのに、具合が悪いだろう?」

叔父さんに言われて、渋々と雪は着席した。座った後、俺を見ていたようだったが、肉じゃがを白ご飯の上に乗せて食べ、気付かないフリをした。
ま、凄く睨んでたってのは見えたけどね。

俺は食器を片付けに台所へと行き、叔父さんが置いてくれた熱い緑茶を手にして、椅子に座り、一服することにした。
あの後、雪は自分の取り分だけを皿に分けて食べた。とはいっても、すぐに「いらない」と呟いてその場を去って行こうとする。

「もういらないのか?」
「いらない」

叔父さんが聞いても、この様子で二階へと上がって行ってしまった。
叔父さんは両肩を竦めて俺を見ると、

「あの子、いつもならもっと食べるのに」

と言って残った煮物を食べて、またコリコリと食感を楽しんでいた。
叔父さんの指摘が少しズレているとは思ったが、叔父さんのこの性格だと、非常に鈍感なように見えたので、黙って緑茶を啜ることにした。
この部屋にテレビは無いのかと聞かれれば、勿論ある。だが、叔父さんがこういう職のせいか、食事中はテレビを見ないのだそうだ。
そのことについて、叔父さんから「ごめんね」と何故か申し訳なさそうに謝られたが、別にテレビをそれほどまでに見たいとは思わないので、そんなことはないですよと言っておいた。

「あ、テレビ、付けても構わないからね」
「はい。ありがとうございます」

食事が終わって、まもなくした頃に叔父さんからテレビを付けて良いとの許可が出た。とは言っても、あまりテレビは見ない俺にとってはその許可は本当にどうでもよかった。
だが、この無音の場から叔父さんの話し相手をするというのもしんどい話だったので、テレビをやむなく付けることにした。
ブゥン、と今時なブラウン管テレビが付く。チューナーがテレビの上部に設置されており、デジタル対応にはなっているようだ。
少し経つと、映像がゆっくりと流れ出てくるようにして見えてきた。どうやら番組はニュースのようで、昨日起こった事件をアナウンサーが読み上げている。

『昨日、○○の樹海の方で、火で木々が燃えているとの通報を受け、消防隊が駆けつけたところ、火は消え去っており、木々は確かに焼け焦げてはいるが、あまりに不自然な焼け方だということです。謎の多い、不可解な事件として、詳しく調査を進める方針です……——』

「謎の多い、不可解な事件ねぇ……」

俺は茶を啜り、まだ若い新人アナウンサーが次のニュースを読み上げている顔を見つめながら、呟いた。

「最近多いからね。こういう、謎の多い事件は……南無南無……」

テレビに手を合わせている叔父さんだが、この事件は死者というものがそもそもいないので、手を合わせる意味もないとは思うのだが、敢えて触れないでおいた。

「あぁ、そうそう。憂君、風呂が沸いてるから、良かったら先に——」

叔父さんが俺に風呂を勧めている途中、突然二階から激しく下りて来る音と共に、雪が必死になって俺達の目の前に現れた。

「わ、私から入るッ!」

雪はそう言った後、俺を何故かキッと睨むと、風呂場の隣にある部屋に入り、1分もかからずにその部屋から出てくると、もう一度俺を睨んだ後、風呂場へと直行していった。
叔父さんは俺の方へと向き、菩薩のような柔らかい笑みを浮かべた後、

「お腹、まだ空いてるのかもしれないね」

俺は叔父さんの頭の構造を疑ったが、これもまた敢えて気にしない方向でいくことにした。




その後、風呂に入った俺は、二階の今日から自室となる、雪の隣の和室の真中に敷いてある布団の上で、大の字となって寝転がっていた。
畳みの匂いが鼻腔をくすぐり、和風だなぁと感じながらも無心になって天井を見つめていた。
雪は自分が風呂からあがると、栓を抜いてお湯を全て流し切り、換気扇を付けて部屋の中に自分の匂いを一切削除したようだ。そこまでしなくても、全然気にしないから良いのに、と思ったのだが、雪からするとそこらへんは死活問題に相当するのだろう、と特に気にしないようにした。

「はぁ……」

ため息を吐き、目を閉じた。
もう梅雨の時期に入る頃を知らせるように、コオロギが外で合唱しているのがよく聞こえた。蛙なんかもその中に混じっていたりもする。
ここは田舎にある家だから、周りがそんな感じなのは仕方がない。むしろ、今までにないものだったので、新鮮味があった。
ゆっくりと天井に手を伸ばし、握り締める。けれど、そこには何も無い。

「——くだらない」

いつの間にか、夢という闇の中へと、のめり込んでいった。

暗闇の中、一匹の猫が闇に紛れていた。
その猫は、黄色い目をして、毛は黒い。闇に紛れるのにピッタリな姿と言えた。
じっとその黒猫は、一点を見つめる。その先にあるのは、一軒の家。その後ろ側には、神社がある。
神社。それは人間達が神という存在を忘れないように崇められしものだとして存在している、のではないのか?
憎い。この世界が。この全てが。神を忘れた人間共が——憎い。

黒猫は、ふっと口元を歪ませ、そして——

嗤った。