ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.7 )
- 日時: 2011/08/17 13:09
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
翌朝。
ドンドンと、扉が叩かれる音で目覚めることとなった。目覚まし時計などという、無粋なものは用意せずに、有りのままの睡眠が取りたい俺は、ただひたすら寝ていた。だが、その睡眠の朝を強制的にシャットダウンさせたのは、
「ちょっと……いつまで寝てんのよっ」
ドアを開けると、そこには雪が立っていた。既に制服姿に着替えており、学校で見るいつもの雪の姿だった。
対して俺は、先ほど起きたばかりの格好。といってもジャージを着ているから特に問題はないのだが、寝癖がなかなか酷い時もある俺は、髪を掻いたフリをして少しだけ寝相を治めた。
「寝れるところまで寝るのがモットーなんだ」
「そんな変なモットーいらないわよっ! ご飯、出来てるから」
何故かイライラした口調で雪は言っているのだが、よく見ると雪の手にはお玉が握られていた。
「もしかして、朝ご飯は雪が作ったのか?」
「ッ——!」
俺が言うと、雪は意味も分からず、顔を真っ赤にして一階へと下りて行った。
きっとあれは、恥ずかしいとかいう年頃のアレだろうか。
朝ご飯は、白ご飯にお味噌汁、漬物に昨日の残りの煮物だった。
どうやら叔父さんは煮物が好きで、特にたけのこが絶品なんだそうだ。朝ご飯も、決まってたけのこをコリコリと食べていた。
寝相などを直し、ちゃんと制服姿に着替える。正直、まだ眠い。こんなに早起きをしたのは1年生の初め頃以来な気がする。
丁度その時ぐらいかもしれない。雪と初めに出会ったのは。
「行って来まーす」
「おや? 憂君と一緒に行かないのかい?」
「行くわけないでしょっ!」
雪は叔父さんの言葉に煽られるが如く、家から飛び出して行った。
ちなみに、俺はその時まだ歯磨きをしていたところで、一緒に行くといっても、俺を大分待たなくてはいけない。
何より、年頃の娘に昨日居候したばかりの男と一緒に行けというのは、親としても少しおかしいのではないだろうかという気がしないでもなかったが、別に、俺にとってはどうでもいい。
「行って来ます」
「あぁ、憂君。今日、神社に寄ってもらえるかな? 少し、話したいことがあってね」
「はぁ、大丈夫ですが……」
「ん、なら大丈夫。あ、今日はこの家から神社に行っていいからね?」
「分かりました。それでは」
淡々とした口調で俺は言葉を交すと、靴を履き、早速外へと出た。
清清しい朝の感じが、この田舎の感じとマッチして、凄く気持ちがよかった。だが、眠いのは相変わらずで、俺はどうしてこんな早起きしているのだろう、という可笑しな疑問に辿り着いたが、特に気にしても既に後の祭りだと、学校へと向かって行った。
学校へ着くと、家を出てから40分ほど経っていた。これでも早めなのかと思いつつ、時刻は普段よりも40分は優に早かった。
前の家はちなみに、40分よりもっと速く辿り着いていたので、実際は1時間以上早起きしているという計算になる。
だからこんなにも眠いのかと、欠伸をしながら校舎へと入っていくと、そこには雪が既に友達と明るく喋りながら行く姿を見た。
俺は特に気にもした様子もなく、ただ悠然と靴を履き替えていると、
「え! あれって、神嶋君じゃない!? 何でこんな早起きなのっ!?」
「私、あの人がこんな早起きして来たの初めて見たー」
という声が雪のグループから聞こえてきた。
朝っぱらから五月蝿い連中だな、と思いながら靴を履き替えるのを終え、ふとそのグループを見ると——雪が凄く睨んでいた。
「行こう?」
「え? あ、うん。って、雪はビックリしな——」
「いいから! 行こう!」
雪はそのグループと共に、早く俺から離れたいようだった。
まあ、こうして早起きをしたのは雪のせいだから、俺にそのグループの人間が何故早起きをしたのかと聞いてくれば、俺は正直に雪のせいで、と答えただろう。
その俺の人格を予想して、雪は一刻も早く離れたのであろうと安易に予想が出来た。
ま、そこの辺りは聞かれても、後が面倒臭いので嘘を吐いた可能性が断然高いわけだが。
教室へと向かい途中、同級生から次々に驚きの声があがっていた。
この時間帯だし、全然人がいないんじゃないのかと思ったが、そんなことはない。自習したりする奴等もおり、少々は生徒がいた。
まさかこの時間に生徒がこれだけいるとは思わなかった俺は、内心驚いていた。何せ、この時間帯に来ることが今までに全然無かったから、気付かないのも分からないことはない。
教室に入った後、雪は既にいて、グループと話していたが、グループの人が再び俺の方へ向いて何か喋ろうとするのを慌てて話を切り替えて止めていた。
大変だな、あいつも。と、他人事のように見て、俺は自分の席へと着席した。
その間も、俺に対する奇妙な視線は変わらず向けられていたが、別に対して気にすることはない。
「神嶋、君」
机に突っ伏して、寝れなかった分を此処で寝ようとした俺へと突然声がかかった。
その声は、恐らく男子声。何故恐らくなのかというと、トーンが女の子ほど高いからだ。
顔を上げると、そこには美男子という中に入るぐらいの女の子みたいな顔をした男がそこに突っ立っていた。
オドオドした様子で、俺の返事を待っているようだ。確か、こいつは……
「藤瀬 旋律(ふじせ かなで)、だったな」
「あ、は、はいっ! 覚えていてくれて、光栄です……」
可愛らしく笑うその顔は、本当に女なのではないかと思うほどだった。
旋律と書いて「かなで」と呼ぶ意味の分からない名前の付け方をされている奴としても有名なのだが、その噂でからかいに来た男共がほとんど藤瀬に惚れたという事実がこの1年の間でもの凄く広まった。
確かに、そこらの女子顔負けの顔を持っている。髪はショートだが、横髪やらが長めで、髪質もサラサラの女子ヘアー。ショートにした女の子みたいになっている。
身長も女の子の標準ぐらいを取ったのかは知らないが、158cmと、高校2年生の男子としてはかなり低い身長だった。
目も大きく、睫毛もほどほどに長いし、顔もかなり整っているので、女の子だと見られがちだ。よく私服で街を歩くとナンパされるらしい。最近は男だと分かっても付け回る奴もいるので、大変困っているという。
「で、何か用?」
「あ、は、はいっ。あの、もうすぐある文化祭のことなんですけど……結局、神嶋君は何をやりたいですか?」
そこまで聞いたところで、そういえば藤瀬はこれでも委員長だったな。なら、雪は委員長じゃなくて、副委員長だったか。
最初の挨拶は藤瀬がやって、雪は後の挨拶を担当していたというわけだ。まあ、どっちでもいいんだが。
文化祭、か。俺はずっと寝ていたため、何の意見も出さず、入らずだったので困っていたようだった。
「どこでもいい。やりたいというのは無いからな」
「え、そ、それじゃあ、お化け屋敷をやるということなので、その中の……吸血男爵をやって欲しいという声があがってるんですが……」
「吸血男爵?」
まず第一にお化け屋敷をやるということすら聞いていない。聞かなかった俺が悪いのだが、勝手に吸血男爵とやらのポジションに入れようとした奴が恨めしい。
「吸血男爵は、その、か、格好良くて、その……椅子に座って、足を組んでればいいそうです」
「……お化け屋敷って、確か怖がらせるんじゃなかったか?」
「そ、そうなんですが……。その……」
「あぁ、言わなくて良いよ。大体分かるから」
多分だが、というか確実に。俺は特に人を怖がらせるということはやってくれないだろうし、協力的でもないので、俺にはただ座ってそこにいるだけの吸血男爵とやらの役割をやれという声が沢山なようだ。
格好良くて、というのはこいつなりのお世辞なのだろう。まあ、どうでもいいが、早く寝たかった俺は、早々とこの話を終わらせたかった。
「す、すみません……あの、怖がらせる役、やりたいですか?」
「いや、これでいいよ。ただ座って足組んでればいいんだろ?」
「あ、ありがとうございますっ」
その瞬間、藤瀬はにぱぁっと笑顔を見せた。とても自然で、可愛らしい女の子の笑い顔だった。
こいつが女なら、もっとモテていただろうに、と思いながら、胸にメモ帳とペンを大事そうに両手で抱えて、ペタペタと小走りで去っていく藤瀬の後ろ姿を見つめていた。