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Re: 死への誘い ( No.5 )
日時: 2011/08/20 22:41
名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: MDTVtle4)

    ■第一章 [壊れたもの]




—— 江戸時代。


ある娘が夜道を歩いていた。真夜中近くで当然にも人通りは全くない。暑い夏を過ぎ、秋が近付くころ。
……ああ、もうすぐで寒くなっちまうねぇ。と娘は小声で呟いた。
大通りは昼なら、活発で人波も声も騒がしく賑やかな雰囲気が今や別の雰囲気を醸し出している。
しんとしており、音とて娘の足音以外は全く聞こえない。いや、あるとすれば風くらいだった。
何故この娘が真夜中近く、外出しているかと言うと深い訳があった。
それは、娘の恋焦がれる愛しい青年と逢う為。
約束場所の橋の出口近くで待つ。
すると、橋の入り口近くから人影が見えた。だんだんと近づいてくる。
娘の顔が明るく輝いた。
青年の顔も優男風の穏やかな顔つき。娘の頬が赤く染まる。


「祥太郎さん…!」
「やあ、お春ちゃん」

挨拶するような所作と掛け声で娘の顔は更に輝き出す。
青年は乱れた着物を合わせを直し、彼女の視線を合わせる。

「お春ちゃん—— こんな時間にごめんね」
「ううん、祥太郎さんの為なら、私。大丈夫よ!」

気丈に振舞った。
祥太郎の顔に優しい笑みを浮かべて言った。

「そうか。——— 実は、もうすぐ結婚するんだ」



春の顔が変わった。明るい眼差しに光が消え失せて顔は強張る。
祥太郎は心配し声をかけると、娘は苦笑いしつつ、何とか誤魔化す。
それで、と言いかけたところ、わざと春が遮る。

「そ、そ、それで……お相手は?」
「ああ、庄屋さんの娘、お桜ちゃんだよ」
「……お桜?」

自分の近くに住んでいる近所の庄屋の一人娘—— やっと思いだす。
それでね、と話を繋ぐ。
けれども。春の耳には、祥太郎の嬉しい言葉が届かない。
しかし、祥太郎の嬉しそうな声が、静寂に包まれた場所に響いた。














ずっと好きだったのに、と涙ぐんだ声で独り言を呟く。両親が、仕事上の都合で娘以外、誰一人いない。
蝋燭ろうそくに照らし出された部屋は僅かしか、ともしていない。
娘の顔が蝋燭で照らされている—— 何処となし、不気味であった。
娘の顔が醜く歪んだ。……怒りで我を忘れた者の顔だった。
ぎりり、と歯軋りしながら、低くうなるような小声で言う。

「…………絶対に、ゆるさない」

机に飾られてた花の花弁はなびらが、一枚、散る。












「………ねこ」

右肩に乗る仔猫の頭を撫でる、すると。ねこは、にゃあんと鳴いた。
足首まである黒髪をさらり、と肩に落ちる。
黒生地で蝶と花柄の振袖と無地のはかまを着た少女がいた。
少女のいるところは、春の家の隣家。
そこの屋根の上だった。
正確には、長屋の隣部屋、だが。

「ねこ。……どうやら、ねたみが、此処にあるみたいね」


—— 月夜のない、曇った晩であった。






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