ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 死への誘い ( No.6 )
- 日時: 2011/08/25 16:02
- 名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: MDTVtle4)
お春は溜息を漏らした。今日は母方の祖母の命日で丁度一周忌だ。色々と可愛がられ、遊んで貰った優しい祖母。
未だ、死んでしまったのを、悲しんで寂しい気分になる。しかし、いつまでも悲しんでいる訳にはいかない。
自分と祖母との日々を楽しく忘れられない思い出へとするべきである。
人はいつか死んで、あの世の閻魔様の元へ裁かれてまた転生するのだ。それに色恋沙汰を命日で持ち出すのも、もってのほか。
けれども、—— 忘れられなかった。
思いを寄せた人の花嫁が、自分と昔良く遊んだ友達だった。
負けたくない。だが、今日は祖母の命日。色々と複雑な思いで恋する乙女の内心を揺らす。
お坊さんのお経を読む声が耳を通り抜ける。聞いてるようで聞いていない。
それどころか、祖母の幸せな来世を願いつつ、早く終われば良いのに、とも思っていた。
不謹慎だ。だから、……天罰が下ったのか。自分があの人と結ばれないのは、とお春は嘆く。
お坊さんのお経を読む声と外から聞こえる、蝉の鳴き声が混ざり合って酷く不愉快になった。
■
一周忌で使う茄子ときゅうりを買い忘れたのを思い出した。母に言われ、お春は八百屋へと向かう。
大通りの端ら辺にある八百屋は最も人混みが激しい場所だ。人混みに紛れるのを嫌うお春にとっては嫌悪する場所だった。
「…………早く帰りたい」
早く茄子ときゅうりを買ってさっさと家に帰ろう、きっと母が美味しい盆の適した夕食を作って待ってるころだ。
それに迎え火をし、茄子ときゅうりの精霊馬を母と父で楽しく作りたい。
——— 足がぐんと早まったころ、見慣れた人影を見た。
それは、祥太郎と仲睦まじく隣で寄り添う、お桜の姿であった。
言葉に出来ない絶望感、唖然とするお春を余所に二人は楽しげに喋りながら、手を繋いで、……鬼灯を買った。
気付いたら、二人の距離を縮めて後を追っていた。そして耳に二人の会話がしっかりと聞こえる。
—— 私達の子供、ちゃんと育てようね
—— ああ、そうだね。僕の可愛いややこを、さ。
お春の腕から、茄子ときゅうりが地面へと落とす。
恋焦がれてずっと思いを寄せた祥太郎の婚約相手のお腹に、赤ん坊がいる。
それを知った瞬間、目の前が真っ暗になった。
視界が眩んで、地面に膝がつく。異変に気付いた人々がお春の周りに集まり出した。
しかし、二人はとっくに距離を離れており、お春が居たことに気付かない。
………最後に見た姿は、腹をさすり、楽しげに笑う二人の姿だった。
■
目が覚めた。最初に映ったのは、心配そうな両親だった。額は濡れた手拭いが置かれている。
程良く冷えてて気持ち良い。けども、お春は二人の会話を思い出し、悲しい気分が抜け切れなかった。
「お春……」
娘の様子を心配した母が声をかける。
「……、なあに?」
「どうしたんだい、今日は朝からずっとこの調子じゃないか」
「………暑い、からね?」
一応母に誤魔化す。勘の良い母が怪しまないよう、作り笑いして。母は心配そうな表情でそうかい、とだけ言った。
父が今日は寝ていろ、と言って長屋の外へ出ていく。お盆にする、迎え火の準備する為だろう。
—— 一人きりになった部屋で先程のことを思い出す。
二人の間に赤ん坊が出来た。
それであの二人は幸せそうで、幸運に満ちた余裕の表情を浮かべていた。
胸が圧迫する。それと内側から、真夏の太陽の光を浴びた時のように熱く気怠くさせるような熱さが湧き出る。
これは怒りなのだろう。否、嫉妬だ。
悔しくて悲しくて恨めしくて仕方ない。女は鬼に変わるとは良く言ったものだ。
お春の顔が歪んだ。
もう、元の顔には戻れないのでは、と思うくらいに。
.