ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 死への誘い ( No.7 )
日時: 2011/08/27 21:38
名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: MDTVtle4)





二人の結婚は仕方ないことだ。両家の両親が決めて二人も納得し、子供も出来て幸せな婚約だと分かっている。
自分は所詮あの二人からしたら、ただの〝友達〟としか思われてないことも十分この稚拙な頭でも分かっている。
あの二人もお互い婚約者のことを満足し、もうすぐ幸せな将来が来ることも分かっている。
だけど—— 長い間、ずっと思い続けた自分が惨めに思えた。自分が祥太郎に言わないからだと分かっている。

「分かっているのに……!」

………妬みの感情が湧き出てくる。
まるで泉のように胸をだんだんと沁み出すのだ。自分勝手で自己中心であることも心の奥隅で思っている。
言葉や口では分かっていると言えど、内心は妬みと理不尽な怒りが治まらなかった。
自分が妙に馬鹿馬鹿しく感じ、被害者だと思えてきて……妬みはまだ治まらない。
水で濡らした手拭いが額の上でぬるくなっていた。












赤く染まった夕焼けが沈む夕闇のころ。お春は調子が戻り、起き上がっていた。
心配する両親を余所に、お春は長屋の外へ出た。中心にある井戸周りで女達が食事の支度をしている。
野菜を洗ったり、食器を洗ったり、あるいは洗濯をしていたりと様々な理由で井戸の周りを集って談笑している。
女達の明るくたくましい笑い声が辺りに響き渡る。
そこにある女が大根を洗いながら、隣にいる女に嘆いた声でこう言う。


「全くうちの亭主は本当にぐうたらしてて、呆れたことに今日は仕事がねぇから、と言って朝から酒を飲む始末であたしゃ、もう呆れ果てて。子供もせっかく遊んで貰おうと思ったのに、亭主が酒を飲むもんだから、すっかりと落ち込んでね。……ったく、ロクな亭主を貰ったもんじゃあないよ。あんな亭主はさ、さっさと離縁してもらって地獄にでも、遊廓でも何処にでも行って死にゃあ良いさ。あたしゃ、子供と一緒に針仕事でもしながら、慎ましく暮らしてやるよ。あたしだってね、やれば出来るんだよ。やれば」

近所の中年くらいの女だった。名はたしかお留と言ったはず。
良く母とお喋りを楽しんでいる女だ。
隣の同い年そうな女は、苦笑いしつつ、話を聞いている。

「それじゃあ、〝恨み流し〟でもすりゃ、良いじゃないかェ」
「はあ?……何だい、恨み流し、っていうのは」


不思議そうにお留は聞き返す。
女は口を吊り上げ、不敵に笑って言った。

「恨み流し、って言うのはねェ……真夜中の丑三つ時ぐらいに神社の鳥居の目の前に立つんだ。そうして目を閉じて心の中で復讐したい奴を、思い浮かべながら、一心に復讐したいと願うんだよォ。そうすりゃア、復讐を代理して復讐相手を殺してくれる奴が現れるんだってさァ。えェ、どうするんだい?………やってみる価値はありそうだねェ」


——— けらけら、と笑う女。お留は吊った苦笑いを浮かべる。

「な、……何だよ。ただの冗談じゃあないか。そんなの若い娘さんや、子供がすれば良いじゃあないか。あ、あたしゃ、絶対にお断りだよォ。そんな気味の悪い噂、なんかをね!!……全く脅かさないでおくれよ、び、びっくりするじゃないかァ………」

言語が途切れがちに言う。
見え透かしたように、女がその乾いた唇から零れた言葉は。



「もしも……あたいがしたら、どうするんだろうねェ?」
「………は………?」

お留の目が丸くなる。


「ん?……まさか、本気で信じたんじゃあないだろォねェ!?あはははっ!嫌だねェ。昔あんたの主人があんたに惚れてあたしの元から去ったという昔話はとっくの当に忘れたさ!というか、今は今の亭主で満足してるし、それにあたしゃあ、あんたの話であの人と結婚して良かったと思ってんだ。それにあんたの亭主が決めたんだからァ、あたしが何を言おうがもう意味がないじゃないかァ?………あははははっ!」

女は怪しげに笑いながら、お留の背中を叩いた。
………強く叩いたのか、お留は痛そうに背中を片手でさする。
そうしている内に、空が真っ暗になっていた。
早く帰らなければ、と—— 踵を引き返す前。お留の引きつった笑い声が聞こえた。








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