ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 死への誘い ( No.8 )
日時: 2011/08/28 15:19
名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: MDTVtle4)






町は大騒ぎだった。

この長屋に長く住んでいたお留が何者かに殺されたのだ。平和な町で起こった—— 殺人事件。何でもお留は口から血を流し、死んでたとか。
あっという間に町中どころか江戸中に知れ渡った。瓦版かわらばんも連日大げさだと思えるような紙をき散らしながら、民衆に向かって喋り出す。
ああ、煩いな—— と何処か他人事のように思いながら、お春は大通りの隅を歩いていた。
瓦版のお陰で中央に人が集い、比較的そこ以外は空いてまばらだった。途中の茶屋で一休みする。
店主に抹茶とみたらし団子を頼み、赤い布を敷かれた長椅子に座る。
中央に人々は互いに瓦版の言うことを聞き流したり、喋り合ったり、金を出して隣人と談話したり。
ぼんやり、と眺めていると店主がうんざりしたような口調で話しかけてきた。

「まァったく、嫌なご時世になッちまったもんだねェ。お嬢さん」

そうですね、とだけ言った。店主はわざとらしく不幸を面白がるような嘆く声で、商売上がったりですよ、と言う。
事件が起こったときから、町から人気がまばらになったのだ。誰もが、辻斬りは嫌だとわめく。
……武士で辻斬りを行うやからは最近滅多にしないので犯人は怨恨からだと言う噂もささやかれてた。

「お嬢さん、はい。お待たせしやした。べらぼうに高い値打ちの抹茶をこんな値段で出したのはもう、ヤケクソですよォ。全く何処の誰だが、知らねぇが、良い迷惑なもんです。今日はお嬢さんがやっと来店した客だと言うんで半額にします。さあさ、今は真ッ昼間ですが、お帰りはお気をつけてくださいね、辻斬りはお断りですよ。ははははッ」

悪い冗談を口にし、笑いながら店の奥へ引っ込んでしまう。お春は口に団子を入れ込む。そして抹茶で喉へと流し込んだ。
ここの茶屋は初めてだからか、美味しいと感じない。不快な気分になりつつも銭を払い、茶屋を後にした。
大通りはまだ瓦版たちの大声が辺りに響き渡っている。

———煩い、煩い、煩い、煩い、煩い、煩い。


思わず両手で耳を塞いだ。
お留が殺された事件を面白おかしく捏造し解釈し面白がる。
人間とは馬鹿みたいだな、と冷めた感じで瓦版に集う人だかりを見る。
きっと、とお春は呟く。きっと——……母が落ち込んでいるだろう。
今朝、話を聞き、落ち込んでいた。かこん、と下駄が鳴る。自然と早足になり、帰路を急ぐ。
途中ですれ違った。………その人は、祥太郎だった。
思わず後ろを振り向くと、隣に心配そうな表情で寄り添う女、お桜と共に歩いていた。
そのまま一緒に、瓦版の紙を買って二人で読んでいる。
近所の人と話し合い、お互いにお留の噂をし合い、世話話をして口が動いてなくとも祥太郎の手を握った。
—— 人が死んだのに。
勝手に口が開いて恨み声のような口調になる。
—— のんきに噂して知らずにお互いを色恋を他人に見せつけて。
怒りが体を震わせる。


「あんたらは………何にも分かッちゃいやしないっ………」

低い声は決して彼等に届かなかった。












机に飾られている百日紅さるすべりの枝。多く実るように咲き誇る花々をはさみを使って切り落とす。
机が赤い百日紅の花で埋めつかされた。遂に枝も切り落とす。両親はお留のとこへ行ったのだろう、留守だった。

「私だって……私だって………私だって!!」

枝がほとんど切り落とされた。

「………やれば、出来る……出来るんだっ!!」

枝に飽き足らず、葉も切り刻む。

「…………祥太郎を結ばれるっ………のは、あたしだァ!!」

湯呑ゆのみが割れた。
——— 粉々にくだけ散る。

「結ばれる………のは、あたしだよ…………!」


それ以降、唇をきつく噛み締めて無言になった。






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