ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 死への誘い ( No.10 )
日時: 2011/08/30 20:10
名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: MDTVtle4)



—— 娘はやめて、と悲願した。
しかし、少女は容赦なくそれを聞き逃した。



生温かい風が艶めいて色っぽい娘の黒髪をくしけずる。きちんと整った髷は振り乱れ、台無しだ。
逃げ惑う娘の行く道はどんどんと闇に近くなり、気付くと人影どころか家の明かりすらない。
だが—— 背後から迫る足音が娘を逃げ惑わせる。幾分か逃げ続けた結果、娘の前に立ち塞ぐ行き止まりの壁。
ずしんと重苦しく立ち塞いでいた。上ろうかと思考が上手く回らない頭で壁にすがりつく。
しかし、……見事に掴むところがなかった。そうして背後に迫る足音とその人影の気配を感じる。
声ならぬ声で悲鳴を上げた。それは他人から見れば小さな呻き声であり、到底人の耳に届く声ではない。

「もう、鬼ごっこは、おしまいよ」

—— 少女の声だった。まだ思春期前半と思しき身長と声からして。けれど、今の娘に十分な脅し言葉だった。
あああ、と娘は泣き崩れた。両手で顔を覆い被さって泣き叫ぶ。何を喚いてるか、もはや知るよしもない。
少女の影が揺らめく。薄く細長く伸びる月光が娘の首元を映し出す。少女は細い喉を鷲掴わしづかみした。
そして、喉を強くめた。娘が野太い声で低く唸った。引きはがそうと手首を掴んだ。けど、振りきれなかった。
何かが折れる音がした。それは、自分の喉からしている。
………少女が娘の耳元に顔を近寄せて、小さな声で呟いた。

「悲しい生贄よ、……死になさい」

話し終えた瞬間、大きく折れた音がし、娘の呻く声が途絶えた。そして力なくその場で地面に倒れ込んだ。
口から血を流して、その大きく見開いた目は何も映さない。まるで硝子がらす玉のようだった。
そして少女の横を淡く儚げに光る、何かが横切った。—— 魂である。娘の魂はそのまま、闇に包まれた天へと昇ってゆく。
それを少女はただ無言で見つめていた。










数日後、お春の元にある知らせが届いた。—— お桜が何者かにより、絞殺され、死後数日が経った状態で見つかった、と。
今度は町中が大騒ぎになっていた。相変わらず瓦版の紙は事実と異なることを書いているようでお春の気分は清々しい。
しかし、お腹に子供がいて父親になるはずだった—— 祥太郎の様子が気にかかる。
だが、今は行かないほうが良い。なんとなくそう思ったのでお春が祥太郎の元へ行くことはなかった。
数日後、まだ町中は大騒ぎ。いずれ静まるだろうと思い、大して気にしないが、祥太郎の姿を見かけない。
心配したお春が祥太郎の元へ行こうと玄関の戸を開けたら、目の前に両親がいた。

「—— お春っ!!た、大変だよ——………あそこの家の祥太郎が死んじまったよっ!!」


お桜が殺されたと聞いた祥太郎が悲しみの余り、数日間、酒を飲んでたところ、彼の両親が事故で死んだと知らせが来た。
度重なる不幸と信頼していた両親の死で気が狂った祥太郎は家に引きこもった末。
犯人も分からぬ世を怨みながら、自らの喉に刃を突き刺し、自害したとのことらしい。
知らせを聞いたお春は、その場で立ち竦んでしまった。
両親が心配し、掛け声をかけると同時に天から激しい夕立ちが降ったのだった。








細長く流れる江戸川。川辺の青々と生い茂る草花たちは、もうすぐ訪れる秋の気配で徐々にしなびれていく。
そんな川辺の土手に腰を下ろし、何処までも果てなく伸びる川を見つめながら、少女は呟いた。
——— 手に瓦版の紙を握って。


「せっかく代償を払ってまで思いを寄せる人と近づこうとしたのにね、哀れにも………台無しになっちゃったわね。だけど、彼女はそれを乗り越えようとせず、あっけなくこの川に身を投げて死んでしまった。まあ、所詮、彼女はそれだけの人ってこと」

仔猫が鳴いた。喉を掻いてやると嬉しそうに唸る。
手にした瓦版の紙を握り潰して丸め込み、川へと投げ捨てた。

「ねこ、……行こう」

少女は底なしのような薄暗い川辺の奥へと姿を無くした。





——— その後、ある女の泣き声が川辺から聞こえるという噂が立ったという。







完結