ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 紅と蒼と少女のアンバランス ( No.2 )
- 日時: 2011/08/23 21:22
- 名前: 想 ◆kEH.cD9m6w (ID: UE6W7gUy)
—prologue—
「ねぇ、そこのお兄ちゃん、何してるの?」
声がした方に青年は振り返る。そこには少女が立っていた。紫色の髪をポニーテールしている。淡い瞳で青年を見つめていた。
二人の周りには、尖った岩、丸みを帯びた岩など、遺跡が広がっている。しかし、建物は風化したのかは分からないが、岩しかない。こういう場所には、神聖な空気が漂っている気がする。
「別に何もしてないよ。君こそここで何してるの?」
この青年、エールは、もう十七になるが、相手が少女となれば心も幼い頃を思い出す。エールはふと、遠くの岩を見つめる。誰かがこちらを見ていたような気がしたのだ。しかし、誰も居らず、再び焦点を少女に向ける。
その時、風になびいたエールの茶褐色の髪が揺れる。額の上の髪を整髪料で逆立てており、他のところは重力に逆らわず、下に垂れていた。しかし、切り損ねたのか、少女から見て左側は前髪がなく、右側だけが少し目にかかっている。だからと言って、変な髪型と言うわけでもなく青年の整った顔には合っていた。
「秘密だよ。 お兄ちゃん、一緒にあのおっきな岩、見に行こう!」
エールは仕方なく、少女が指差した、大きいというか、横長の岩の近くに行くことにした。
しかし、またエールの神経は何かを捉えていた。何かが近くにいる。誰かがこちらを見ている。それを確信した頃には、もう遅かった。
————少女がいない。
何処に行ったのだろう。周りの遺跡を見渡していると、近くの岩が爆発した。——粉々なまでに。同時に砂嵐が吹き荒れた。エールは“異能力”だと悟り、目と口を手で多い、砂が入らないようにしていた。
咳払い一つして、エールは身を屈めた。岩の欠片が全身に当たって痛い。例えそれが砂であっても同じだ。
「だ、誰だ……よ…………」
砂が口に入らないように誰もいないところに喋りかける。姿は見えないが、誰かがいるのが分かる。それは、意外に近かった。
——エールの真後ろにいた。二人組の男で、一人はガタイがいい男で、もう一人はあまり筋肉質とは言えないが————
男の手には少女の後ろ首が掴まれていた。少女はぐったりとして動かない。まるで人形の様だった。男は狩り取った獲物のように、乱暴に、少女を持っている。エールにはそれが許せなかった。
「その手を離せぇ!」
そう言った時にはもう砂嵐は収まっていた。いや、エールのこの言葉で、砂嵐が収まったようにも見えた。筋肉質ではない、細身の男はあざ笑いながら左手でナイフを取り出す。
「おい、何してんだよ! やめろぉぉぉ!!」
エールは握り拳一つで飛び込んでいった。罪のない人間を巻き込みたくない。
しかし、左手のナイフは半分、少女の体の中にあった。そこからは真っ赤な血が流れ出している。エールが一番見たくない光景だった。目の前で、自分の目の前で少女が————
「殺しちゃいねぇよ、全く」
エールは自分の目を疑う。
しかし、少女の服は真っ赤に染まり、息はしていないように思える。
「どういうこと……だ」
エールの汗が額から肌を伝って、乾ききった地面に落ちた時、筋肉質の男は言った。
「こいつは死なねぇんだ。でも今、一度殺したところでこいつの運命は変わる」
息が荒く、まだ起こった出来事を整理できていないエールには、何が言いたかったのか分からなかった。少女が死なない? 不死身? エールが状況を理解できていない、と細身の男は悟り、少女を地面に置いてから話す。
「つまりなぁ、生まれ変わったのさ。“世界”に」
ますますエールは訳が分からなくなった。さっき、初めて出会った少女は、生まれ変わった? なら、自分のことは覚えていないのだろうか? そこで、筋肉質の男は、細身の男に半笑いで言う。
「世界だとぉ!? 笑わせるなよ! 神になったんだろ!」
男二人は互いに笑い始めた。何が面白いのだろうか。エールはここでやっと我に返り、男達の言葉が脳内に入っていく。
少女はまだ眠っている。いや“まだ”ではなく、“もう”起きないのかもしれない。しかし、ここは男達のことを信じるしかなかった。細身の男も、我に返りエールの方を見る。
「それとな、こいつが一度死んだから、
もうじき世界は調和がとれなくなるさ」
不調和。それは、釣り合いが取れていないこと。世界の不調和。エールは言葉の意味を知っていた。
もうすぐ、少女〈世界〉のバランスが崩れる。今かもしれない。
少女〈神〉の————アンバランス。大変なことになってしまった。あの少女には一体、どんな力があるのだろうか。
そういったのが最後で、男達はいつの間にかその場からいなくなっていた。エールは少女を抱え、血まみれの体を拭う。少女はどこか、微笑んでいるようにも見えた。