ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

5 ( No.5 )
日時: 2011/09/15 03:31
名前: すずか (ID: aCC7gJBH)

「シ・ン・た・い・ちょー?」

 子どもたちとその親を見送ってから、少し急ぎ足で城へと戻り、城内の廊下を2人並んで歩いていた時である。後ろから怒りに震える声が飛んできた。思わず同時に立ち止まる。珍しく目が泳いでいるシンが、ゆっくりと後ろを振り返る。

「……な、何だ?」
「今日の仕事をぜーんぶほったらかして、どこに行っていたんです?」

 可憐な笑顔に見惚れている場合ではない。額に青筋が浮かんでいる。スタイルの良い体系、バランス良く整った目鼻立ち、長い黒髪。十人中十人が美人と答えるその女性が、国王直属軍の紅一点と言われるベル参謀長官だった。今はシンを下から見上げながら怒りのオーラを惜しげもなく発散させている。
 シンは目を泳がせたまま、曖昧に問いに答える。

「あー、何だ。町人と交流を深めていた」
「さぼっていたんですね?」
「いや、そういうわけでは」
「さぼっていたんですね?」
「……」
「逃げたっ!?」

 シンが逃げた。本気のダッシュで。運動能力が一般人と比べて飛び抜けているシンに、女性であるベルが追いつけるはずもなかった。廊下の曲がり角までは追いかけたものの、そこで見失ったのかイルが佇む位置まで戻ってきた。息を切らせながら、今度はイルを睨んだ。思わず背筋が伸びる。

「さて、イル君」
「はい」
「イル君が、午前中に暇を貰っていたのは覚えているのです」
「はい」
「帰りにシン隊長と出会ったのですか?」
「はい」
「そのままシン隊長に引き摺られるようにさぼっていたと」
「……いや、そういうわけでは」

 あくまでだらけていたのは自分の意思であったので、シンを売ることはしなかった。ベルがやれやれという風情で首を振る。

「イル君はシン隊長を絶対に売りませんねえ」
「当たり前じゃないですか」
「真面目なのは良い事です。まあ、イル君は今日はどうでもいいような仕事しか残ってなかったと思うので、あまり問い詰めないことにするのです」
「すみません……あの、シン隊長は?」
「……今日、シン隊長はラウド国の国軍隊長との手合わせがあったんですよ?」
「うわあ」

 イルは自分の事でもないのに冷や汗をかいた。
 ラウド国と言えば、近隣国の中でもかなり繁栄している方である。エレム国も平均以上に大きい国ではあるが、ラウド国には敵わない。そこの国軍隊長となれば、かなり大物の来賓である。しかも、わざわざ向こうが来ているのだ。

「まだおられるんですか」
「おられますです。ちょっとシン隊長探してきて下さい。超ダッシュで」
「はい」

 疲れているからと断れる場合ではなかった。シンが逃亡した方向へとイルは慌てて向かった。