ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: モルタによろしく。 ( No.1 )
- 日時: 2011/09/11 14:21
- 名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: xJuDA4mk)
- 参照: http://pepeta.web.fc2.com/
風が強く教室に吹き込む。カーテンは舞い上がり、プリント類は音を立てて床に落ちた。
俺は教室のほぼ中央、誰のだかわからない椅子に腰掛けていた。
「ここは——」俺は深呼吸をし、立ち上がった。椅子は大きく傾き、四本の足を床に戻した。
◇
俺がさっきまでいたのは、地下の真っ暗な研究室だった。
カビ臭い水が入った水槽は部屋の隅に放置されて、割れたビーカーや、ススがこびり付いた試験管、そして錆付いてしまって使い物にならないバーナー等は、虚しく事務机の上に置いてあった。
俺はそこで、見てはいけないものを見てしまった。
いや、正確に言えば、「作ってはいけないものが完成するところを見てしまった」となるだろう。
「成功だ……!!」研究室の室長は一瞬こちらを振り向いて、青くやつれた顔に恍惚の表情を浮かべているのを見せてから、実験台に顔を戻した。
「わたしは、『鏡』を作り上げたのだ——」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼は首から下のみを残し、床に倒れた。それから一秒ほど経ってからだろうか——俺にはずいぶん長い時間が経ったように思えたが——、首は思い出したように、黒く光る血を吐き出した。
「あっ、あ……」
俺の口から搾り出された声に、実験台の上の物は過剰に反応した。何を言うわけでもなく——いや、もしかしたら口の中に室長の頭が入っているから、何も言えないのかも知れない。こちらをじっと見つめる双眸は、青く光っていた。しかしそれ以外は真っ暗で見えない。影に宝石を付けたようだ、と俺は思った。
影はおとなしく実験台に横たわっている。たまに思い出したように口を動かし、グロテスクな音を立てながら咀嚼する。そして飽きたと言うように口を止め、また動かすということを繰り返した。気味が悪い。そう思ってから、変に冷静な自分に気がついた。
なんだか自分のことが空恐ろしく感じて、俺は走り出した。後ろを振り返らず、無我夢中に階段を駆け上がる。自分の身体は久しぶりの運動を拒否したが、自分の意思は頑なに走ることを命じた。後ろから何かが追ってくるなんて考えてもいなかった。
しばらくして階段を上り終えた。
久しぶりに光を見た。俺は、今自分が自由に走っていること、窓から射す陽光が俺を照らしてくれていること、そして自分の意思で動いたことに感動して、泣いた。心の中から泉が湧き出ると錯覚するほどに、涙は止め処なく流れ、俺の頬を温める。だが俺は足と腕を止めなかった。
笑いながら、泣きながら、ひたすら全力で走る俺を、人はどういう気持ちで見るのだろう? 「気持ち悪い」か、「なんだあれ」か、それとも「どうしたんだろう」か。……もっとも、誰かに会うことなんて一度もなかったのだが。
◆
教室は依然、光と風を受け入れ、やわらかく暖かい空間を作り出していた。
ふと思うところがあり、俺は黒板に向かって右から二列目の、前から三つ目の机の前に移動した。少し躊躇ってから、机の中を探る。出てきたのは、中学生の男が使うような、どこにでもあるエナメル革の筆箱と、教科書数冊、そしてルーズリーフの束だった。どれも見覚えがある理由は、果たして俺の物だったからだ。そうだ、ここは俺が通っていた中学校そのものだ。
なぜ、あのときのままなのだろう?
俺にはよくわからなかった。