ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: モルタによろしく。 ( No.3 )
日時: 2011/09/11 15:28
名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: xJuDA4mk)
参照: http://pepeta.web.fc2.com/


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 頭の中を駆けていった回想は俺に混乱を与えるのみであった。ヒントも何もない。なぜか快適な教室がだんだんとおそろしく思えてきた。また、あのときのような光が俺を包み込んで、変な場所へ送られるのかと思うと、情けないがとても怖くなった。小さい頃におばけの話を聞いて、夜中トイレに行けなくなった、あのときの怖さに酷似している。

「……とにかくここから出るか」そう言いながら教科書の裏をなんとなく見、驚愕した。
 教科書の裏には通常、名前を書く欄がある。俺はもちろんいつも書いている。書いているはずなのだが、それがなかった。黒ペンの文字がかすれているというわけではなく、そこだけが新品のごとく真っ白なのである。
 慌てて歴史の教科書をめくった。あるページに目を留める。アメリカの海軍軍人にされた落書きにははっきりと覚えがある。一学期の最後、友達と一緒に書いて爆笑したものだ。この教科書は紛れもなく俺のだ。だが、なぜ名前だけがない?
 同じようにルーズリーフをまとめるファイルにも、筆箱の中にいつも入れていた名札にも目を通したが、結果は同じだった。ファイルにセロハンテープで貼り付けたはずの名前は消え、名札は無地となっていた。
「なんでだ?」
 俺は首を傾げた。そしてさらに机の中をまさぐり、ピンクやオレンジの花が彩る、ピンク色の封筒を見つけた。「放課後、屋上で待っています。」華やかな便箋には、丸く小さい文字でそう書かれていた。宛名は——やはりない。だがその封筒には、送り主の名前も書かれていなかった。ラブレターだろうか。ありがちだな、と俺は思い、そしてうら寂しくなった。あんなことがなければ、俺はその日のうちに彼女が出来ていたのかもしれない。
「はぁ……辛いな」
 そんな言葉も今は虚しく響くだけだ。ひやかしてくる奴なんかいない。
 もう一度その恋文を読み返し、俺はなんとなく——本当になんとなくだが——思いついた。これはあの日ではなく、今の俺に宛てられた手紙なのではないか……と。
 俺は時計を見た。今は三時四十分。日が差し込んでいるのだから、午後であることには間違いない。
 放課後は何時からかを生徒手帳で調べ、俺は教室を飛び出した。向かう先はもちろん、屋上だ。

 *

 屋上の鍵は開いていた。懐かしい、という感慨に浸ることなんてできなかった。
「なんだ、ここは……」
 目の前に広がるのは、見慣れた俺の町ではなく、まったくの緑だった。ジャングルのように木が密集している中、極彩色の花が艶やかに飾り、ところどころ草原があり、遠くには大きな湖と、もうもうと煙を吐く山が高くそびえていた。アンバランスな原始時代といえば簡単である。サバンナとジャングルが混沌としているが、それがなぜか自然に思えるのは、ずっと地下の研究室で過ごしていたからだろうか。
 理性では明らかにおかしいと思っていても、長い間カビと共に闇の中で過ごしていた感覚は何も言わなかった。
 そこであることを疑問に思った。

 今はいつだ?

 あの日、俺は十五歳だった。しかし、研究室で過ごした時間は、感覚的にはあまりにも長く、途中で時間を考えることもなくなり、ましてや自分があの光に包まれてから、ぬるりとした床の上で我にかえるまで、どのくらい経ったのかさえわからない。自分の体は育ってはいるようだが、そこまで歳を重ねているわけでもないだろう。なんだか浦島太郎になったような気分だ。寂しくて、恐ろしい。
 ここはどこだ。あれからどのくらい経った。俺の名前はなんだ。世界はどうなっている。
 俺は頭を抱えて、しゃがみこんだ。誰もいないんだ、隠すことなんかない。そうやけっぱちになりながら、俺はあふれ出る涙を拭こうともせず、太陽の下、丸まりながら嗚咽していた。