ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: モルタによろしく。 ( No.4 )
- 日時: 2011/09/11 16:39
- 名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: xJuDA4mk)
- 参照: http://pepeta.web.fc2.com/
どのくらい経ったのか、太陽は山の裏に隠れようとしているのだろう、茜色の光が、組んだ腕の隙間から漏れた。もう放課後の時間だろうか。俺は顔を上げた。
知らない少女がいた。少女は行儀良く俺の前に正座しており、俺の顔を見るなり、
「あっ、起きましたか?」座っている姿の上品さとはまた違う、落ち着いたしゃべり口だった。それでいて人懐っこそうな色も帯びており、好感が持てる。
「もう、放課後なんかとっくに過ぎていますよ。あたしずっと座ってて、足パンパンです」
そう言いながら彼女は俺に笑いかける。俺は、
「え、あ……」
といった声しかだせない。言いたいことはあるのだが、それが言葉として出てこない。彼女はくすくすと笑う。「そうですよね」その訳知り口調には少々カチンと来た。
「いきなりじゃ何も話せませんよね。あたしはクロトといいます。あなたの言いたいことはわかりますよ。ここはどこか、あの光に包まれてから今に至るまでどのくらい経ったのか、あなたの名前はなんなのか、世界はどうなっているのか。お答えできることは一つ、ここはどこか。ここは、あなたの知っている町の、あなたの通っていた中学校そのものです。中身だけなら、あの日から何も変わっていません」
それは嘘だ。俺の教科書や名札には、俺の名前なんか書いてなかった。何も変わっていないわけがない。
だがそれを言うと詭弁でかわされそうなので、あえて何も言わなかった。
「ですがヒントを与えることならできます。……といっても、あたしもこれしか知りません。あの光に包まれてから今まで、時間はそれほど経っていません。これは確実です。それ以外は、あたしにもわかりません」
「なんでだ?」やっと言葉を出すことが出来た。
「わからないものはわからないのです」クロトは顔に一瞬寂しそうな表情を巡らせた。「あたしもよく覚えていないから」そう言い、うつむいた。
沈黙が通り過ぎた。俺はクロトになにか悪いことでもしたかのような気分になって、少し慌てた。だが俺には彼女を慰められる優しいボキャブラリーなんか備わっていないし、とりあえず謝るという最善の手段を使えるほどの勇気も素直さの欠片もない。
少しの間黙っていると、クロトはいきなり顔を上げた。
「それより速くいかなきゃなんです!」
ひどく慌てた様子だ。「どこへ」と俺が言うと、それに答えるのすらわずらわしいとでも言うように、
「あああぁぁぁっ、もうっ、とりあえず外へ出るんですよ! 急いで!」
クロトは俺が向いていた方向の反対側へ走って行き、屋上のフェンスを蹴倒した。本来生徒の命を守る役割を担っているはずのフェンスはあっけなく倒れ、クロトが手招きする。俺はわけもわからず彼女の横へ走った。クロトは俺の手を躊躇うことなく強く握り、コンクリートの床を思い切り蹴飛ばした。
自殺行為。そんな文字が、俺の頭の中をマッハの速度でよぎった。
「うわああぁぁぁぁぁ!!」
俺は情けないことに、クロトの腕にしがみつき、冷や汗をダラダラと流している。もう少しでちびりそうだ。しかしクロトは慣れた様子でふたたび空を蹴った。ふわりと体が浮いた。空中に見えない階段が浮かんでいるかのようだ。俺は恐る恐る足を伸ばし、下になんともいえないやわらかい感触を感じ、クロトの腕から体を離した。もちろん、手は握ったままだ。
下がっていくうちに冷静になり、下を落ち着いて見ることができるようになってきた。屋上から見た景色はまったく異なったものへと変わっていた。サバンナとジャングルを混ぜたようなものだったのが、町に変わっている。だが俺の住んでいた町ではない。都会のビル群だ。
俺達は空中に浮かぶ、見えない階段を大急ぎで下って、ビルの屋上へと降り立った。そこで俺は気付く。俺達は学校の屋上から降りてきた。学校は四階建てだ。だが今、それよりはるかに高いビルの屋上に立っているのである。俺は降りてきた方向を振り返る。すると——
学校は空中に浮いており、その下には土が張り付いていた。俺達が降りてきた方の土は少なく、おかげで学校が見えるのだが、反対側は一つの島くらいあるんじゃないかと思うくらい、広かった。下しか見えないのだが、きっとあの上に、アンバランスな自然と、火山と湖があるのだろう。
「耳をふさいで!」クロトがいきなり言うものだから、飛び上がってしまった。
突然すさまじい爆発音が響き、続いて建物が崩れ落ちていく轟音が、沈黙する都会を飾った。