ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: アブセントアブソリュート ( No.1 )
日時: 2011/09/15 23:23
名前: 音無ノ犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

寂れた平野の中、青空はいつも変わらずに空へと浮かんでいる。眼に映るのは、その青い青い、どこまでも青い空しかない。白いものは一切浮かんではおらず、そこには鳥さえも飛んでいない。
本当にここは一つの国なのだろうかと目を疑うほどの寂れた平野に、嫌でも目立つように聳え立つ要塞があった。所々傷がついていたり、砂やホコリが目に付いたりもする。人気も大勢というほどもないだろう。いても少人数ぐらいだと見た目からしても豪華でない寂れた平野に建つ要塞に、一人の若者が向かっていた。
寂れているだけあって、平野は幾分と広く、要塞に着くまででも反対側から来るともなれば、一日はあっという間に過ぎるだろう。そんな平野の中、馬も連れず、人も連れずに、たった一人、布のフードを被った若者は歩いていた。

「もう少し、かな……」

若者はポツリと呟き、腰に携えてあった水の入った大きな酒瓶を手に取り、一口飲む。ゴクリ、と喉に水が通る音がし、若者は一息吐いて、前方にある要塞を見つめた。

「あれかぁ……」

フードを片方の腕で押さえて、ゆっくりとそれを取る。その瞬間、どこからともなく風が若者と平野の砂へと舞い散り、砂がふわっと若者へと襲いかかるが、若者はそんなことなど気にもせずに、フードを脱いで露になった首の中間辺りまでで留めてある短髪を撫でるようにして押さえ、しっかりと要塞を見た。
歳は16、17ぐらいに見える。マントが揺れ、腰元が見えたその時、見えるのは鞘にしっかりと収まっている剣だった。
ゆっくり、けれどしっかりと足で砂を踏み、要塞へと向かって行く。
少しばかり歩いていくと、要塞の門が近くにあった。その傍には、どうやら衛兵のような格好をした中年の男が暇そうに座り込んでいた。しかし、若者の姿を見た瞬間、衛兵は慌てて立ち上がり、傍に置いてあった細身の槍を構え、前に突き出し始めた。

「な、何者だぁっ!」

衛兵は声を荒げて、若者へと告げる。衛兵から見ると、若者は相当怪しいものに見えるのか、疑わしい顔はそのままで、槍を今にも突き出しそうにしている。だが、その様子が慣れていないのか、不恰好で可笑しな感じもする。

「いえ、紹介で来た者なんですが……」
「なにぃ? 紹介ぃ?」

今にも番犬のように唸りそうな顔をしながら、疑わしく若者を舐めるようにして見る。その様子に、若者はただ笑いながら見守っていた。

「……名前は?」

暫く見てから、衛兵がようやく出した答えがこれだった。
しかし、それを聞くや否や、若者は右手を胸に添えて、ゆっくりとお辞儀をして言い放った。

「僕は、セオ・ノーヴェルと言います」
「セオ? ノーヴェル? それに、そのお辞儀……中央セントラルの……?」

若者、セオの言葉を聞いた衛兵は、ゆっくりと言葉を反復させた後、いきなり大きく笑い声をあげた。

「何を言っている! そんなことを言って誤魔化せるはずがないだろう! なぁーにがセオ・ノーヴェルだ! 貴様みたいな若造が、あの英雄とも言われたダーウィン・ノーヴェル様の養子なわけないだろう! 話は確かに聞いているが、どこでその話を聞いた!? 言い逃れは許さんぞッ!」

衛兵は怒った様子でセオを睨み、槍を構えて突き出そうとしている。その様子に慌てたセオは、両手をあげて「あのあの」と声をあげた。

「本当に、俺がセオ・ノーヴェルですって。信じて欲しいんですけど……」
「黙れぇっ! ひっ捕らえてくれるわっ!」

すると、衛兵は大きく槍を振り回し、それをセオの顔の横へと突き出した。その瞬間、フードが貫通し、それと同時に左髪に巻かれてあった石のネックレスがチリン、と音をたてた。

「うわぁっ、や、やめましょう! 本当に俺、セオ・ノーヴェルですから!」
「黙れぇぇっ!」

衛兵は相当苛立っているのか、槍を再び繰り出そうと振りかぶったその時、セオは一息ため息を吐いた。

「仕方ない、かな」

少し後退し、槍の当たらない程度の場所でゆっくりと剣を引き抜いた。それを見た衛兵は「やはり、盗賊かっ!!」という言葉を漏らしながら、槍を振りかぶって声を荒げながらセオへと突っ込んできた。

「ごめんね」

セオがそう呟いた瞬間、剣を突っ込んでくる槍に目掛けて振り払った。
パキン、と金属音がその場で鳴った後、聞こえてくるのは衛兵の叫び声だけだった。

「うおぉぉりゃぁぁぁっ!! ……あ?」

一体何がどうなっているのか分からない衛兵は、持っている槍を見ると、槍は既にただの棒切れとなっており、肝心の鋭い刃を持つ槍の先端部分は無かった。

「こうでもしないと、信じてくれませんよね?」

セオがそう呟き、手に持っていた"刃物"を落とす。それはカランカラン、という音も無く、砂の上にゆっくりと落ちた。セオの持っていたのは、衛兵の持っていた槍の先端部分である刃であった。既に剣は鞘の中にいつの間にか納まっていた。

「え? ……んなぁっ!?」

そのことに気付き、衛兵は驚いた声を出したのと同時に、腰を抜かして砂の上へとへたりこんだ。
セオはゆっくりと衛兵へと近づくが、そのたびに衛兵は震え、怯えているように見える。その様子に苦笑しつつ、衛兵の前まで行くと、膝を曲げて目線を同じにしてから、左髪に付けられたネックレスを揺らした。チリン、と音がし、ネックレスは先ほどまでフードによって遮られていた太陽光を受け、反射し、綺麗に青色を輝かせた。

「これが証かな。早くこっちの方を見せてれば良かったかなぁ」
「こ、これは……! ……英雄の輝石ぃッ!?」

衛兵はその青色に輝くネックレス、いや、そのネックレスの先端にある輝石を見て、青ざめた表情で頭を地面につけ、土下座をした。

「申し訳ございませんでしたっ! セオ・ノーヴェル殿ッ!」
「あ、いえ。俺が、いや、僕がこんな顔してるから、分かりますよ。無駄に手間を取らせてしまい、すみませんでした。えっと、奥にここの隊長さんはいますか?」
「あ、は、はいっ! 案内いたしますっ!」
「すみません、お願いできますか?」
「勿論ですっ! ささっ! どうぞっ!」

急いで衛兵は立ち上がり、門を開く。鉄製の門で、頑丈そうに作られているようだ。
寂れた要塞の門が開く音は、軋むというものではなく、何かまた別の古い感覚を覚えさせるような音が響き、門は開かれた。

「それじゃあ、お邪魔します」

笑顔でそういうと、セオはゆっくりと中へと入って行った。




衛兵に連れられるがままに要塞の中を歩くセオは、辺りをゆっくりと見回していた。
古びた要塞のようで、大きな戦争が起きると持ちこたえられるか心配なほど古い感じがする。人気もあまり無く、まばらに兵士が所々いるのみであった。

「あの、門の守護は、誰が?」
「あ、大丈夫です。あの番は、どうせもうすぐ俺と交代する奴が来るんで。あいつ、今日はサボれないはずですから。隊長からお叱りを受けて、必ず今日は守護役を受けないといけないんですよ。へへ、ざまぁみろってな感じですね」

セオの質問に、衛兵はベラベラと歩きながら返す。時折表情にして表したりするので、何だか面白い様子にセオは少し笑いながらもその話を聞いていた。

「あ、ここですぜ!」

そうしている間に、衛兵の案内は終わりを告げた。一室の部屋のようで、中は寂れた要塞とは少し異なり、小洒落た感じの漂う部屋だった。
その中に一人、書物を手に取り、真剣な顔つきで読んでいる男がいた。軽いプレートメイルをつけ、腰元には剣を携えている。

「シューズ隊長! セオ・ノーヴェル殿をお連れしました!」

衛兵が声をあげて、書物に没頭する男に話しかけると、その男は書物から目線をセオと衛兵の方へと向けてじっと睨みつけるようにしている。
顔付きからして、どこか頭のキレそうな感じがする。だがしかし、その感じはすぐに取り払われることとなった。

「おぉっ! そうかぁっ! よぉくいらっしゃったな! セオ坊!」

シューズは頭のキレそうな顔をしていて、実はとんでもなくお気楽、ユーモア溢れる人柄だった。
笑いながらセオと衛兵に近づき、二人の肩をバンバンと大きな手で叩くと、また声を出して笑った。それもこれが、笑うととても嬉しそうで、歓喜に満ち溢れているような感じがするのだから不思議なものだった。
セオはそのあまりのギャップには所々慣れており、笑顔で「ご無沙汰しています」と返した。

「いやぁ、大きくなったねぇ。でも、顔はまだまだベビーフェイスだな! あっはははっ!」
「この顔のせいで、色々と困ったりもするのですが……もう20歳になるのに、恥ずかしい限りですよ、本当に」
「えぇっ! この顔でもう20歳かっ!? すげぇなぁ、おいおいっ!」

シューズは手を叩いて笑いながら言う。こういう、戦場でもなんでもない時に一番盛り上がるのはいつもシューズである。
衛兵はいつの間にかそのテンションについていけなかったのか、それとも空気を読んだのかは分からないが、その場を後にしていた。
暫くそうして二人で懐かしんだ後、不意に、突然シューズから、

「で……何の御用だった?」

と、セオへと聞いた。
その言葉に、少しピクッと体を反応させ、苦笑したセオは、その途端、シューズへと頭を下げ、こう言い放つのである。

「騎士にさせてください!」

そして、シューズは即答でこう答えるのであった。

「無理」

腕を組み、笑顔でシューズはセオの申し出を一発一撃で断ったのであった。