ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: アブセントアブソリュート ( No.2 )
日時: 2011/09/17 22:30
名前: 音無ノ犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

——17年前。世界に大戦争が起こった。
その被害はとてつもないもので、人々の環境や文明など、様々なものを捻じ曲げていった。それも、皮肉なことにその大戦争には、同じ人間達が総力をあげて作り上げた科学の力などによって双方を破壊したのである。

そんな大戦争から、3年の月日が流れたある日、一つの国に新たな命が誕生した。
大戦争の爪痕から段々と復興してきた頃に誕生したその小さな命は、これから一国の王女として育てられるはずの命だった。
だがしかし、その国の発展は大戦争の爪痕からによる反乱テロや、その他の活動面々によって遮られ、次第に衰え始めることとなる。
そして現在、王女は早くも14歳となっていたのである。




ポタ、ポタ、と水音がどこからともなく聞こえ、水は弾けては混じるの繰り返しを続けている薄暗い建物の中に少女はいた。
DIVA(ディヴァ)と呼ばれる歌手が着るような綺麗な衣装を身に纏い、少女はその中で一人、時が来るのを待っていたのだ。
低い重低音が鳴り響き、段々とそれは強くなっていく。それと同時に、少女のいる場所も浮上していく。それに合わせて、周りからは人の歓声が聞こえ始めてくる。
そして——舞台は幕を開けた。

パァンッ! と大きな破裂音がそこら中から巻き起こり、人の歓声が先ほどよりも大きく、また轟音となって少女の耳に劈いてきた。
スポットライトが何個もビルの屋上のようなステージに立つ少女一人に向けられている。周りはスタジアムの観客席のようにぐるっと一周、ドーム状に人々がまるで蟻のように蠢きながらも歓声を出していた。
グッ、と少女は腕を、マイクを持った腕を空へと向ける。それと同時に観客の盛り上がりは増していく。
空は何も無い虚空の夜空。スポットライトの光や、その他の機械の街ならではの眩しい光が辺りを包み込んでいた。
真中にポツンと建つビルの屋上に少女が一人。その周りにはドーナツ状に深い谷。そのまた奥には観客席がまたドーム状にあるというわけだった。

「皆ッ! 元気ぃ〜ッ!?」
「イェェェェッ!!」

もの凄い轟音が返ってくることに、少女は満面の笑みで手を振り返した。
彼女は、この機械の街であり、眠らない街とも呼ばれるトゥーセントタウンにおける、歌姫だった。

「それじゃーッ! いっくよーッ!」

彼女の後ろにあるスピーカーから大音量の音楽と共に、彼女は歌い始めた。綺麗な歌声が、彼女の破天荒さ、時には弱く、脆い彼女の様々な歌い様が観客を魅了していく。
弾け飛ぶ轟音は会場をヒートアップさせ、彼女もまた、それに応じて楽しそうに笑い、歌い続けた。
空には幾つもの花火が上がり、ビル群の中に光を反射させていった。




「今日も良かったよっ! メルトッ!」

彼女、メルトは歌い終わった後、プロデューサー達から賞賛の声が上がる。それらを笑顔でお礼を言いまわり、その後は自分の楽屋に戻った。
殺風景な真っ白な個室からは、先ほど上がっていた花火がまだ足りないというかのように上がり続けていた。それを少し眺めた後、メルトはゆっくりと服を着替え始めることにしたその時だった。
花火とはまた違う爆発音がし、ヒュルルルル、と音を鳴らしながらその火炎の弾は——メルトのいる方へと向かってきた。

「ッ!」

急いでメルトはその場から離れようと部屋のドアノブに手を掛けて開いたその時、後方より爆発音と共に熱気を加えた暴風が巻き起こった。その勢いに任されるがままに、メルトの小さな体は部屋の外へと投げ出された。
瓦礫が崩れる音や、熱気の籠もった熱い感覚が肌に張り付いて取れない。頭が真っ白になり、ゆっくりと目を開けたその時、

「おいッ、大丈夫か!」

そこには、肩当てを施し、手にはガントレットを付け、メイルも何も無い、身軽な剣士のような格好をした男が手を差し伸ばしていた。
少々髭が生えており、髪を一つにまとめたその筋肉質な男の手へと腕を伸ばし、メルトはしっかりと握った。大きく、頑丈でゴツゴツした手で、ガントレットのグローブごとだが、とても温かい感じがした。
その手に促されるままに立ち上がると、その男は「大丈夫か?」とメルトに向けて語りかけた。

「え、えぇ。大丈夫です。あの、これは……」
「とにかく、この場から離れよう。まだあの火の弾が来る」

男はそれだけ言うと、メルトの手を引いてその場から立ち去った。
その後、後方やもっと奥の前方から爆発音や轟音が響き渡り、耳が痛くなるような思いでメルトは男と共に走った。
丁度非常階段のような場所に着いた後、男はようやく手を離した。

「きっと君を狙っている可能性が高い。他の理由も勿論あるかもしれないが……俺は君を助ける為にここに来た」
「貴方は一体……?」

メルトが男の正体を知る為に、疑わしい目線を向けながら問う。すると、男は多少笑い混じりにこう答えた。

「俺は、単なるそこらの親父だと答えたい所だが……極秘な任務だ。名前を明かすのはあまりよろしくはないが、助けるのだから君には話しておこう。それに、これから色々と付き合っていかなくちゃならないからな」

そこまで言うと、男は真面目な顔で再び口を開いた。

「俺はダーウィン・ノーヴィル。よろしくな、メルト……ではなく、20代目、王女様」
「ダーウィン・ノーヴェル……? もしかして、あの大戦争の英雄の?」
「古い話だ、王女様」

ダーウィンはメルトの言葉を茶化すようにして返す。その様子にメルトは何だか英雄と呼ばれるような雰囲気などではない、と思っていた。
信用できるのかは分からなかった。この男が本当に大戦争の英雄、ダーウィン・ノーヴェルなのかどうかすら証明されてもないのだから。
だが、最もメルトが驚くべきなのは、この男が誰にしろ、自分のことを王女だと知っているということだった。

「……国に帰るの?」

観念したようにため息を吐くと、メルトはそう言った。
返って来る言葉は国に帰る、という言葉だろうと思っていたメルトは睨みつけるようにしてダーウィンを見つめた。
だが、ダーウィンから返って来た言葉は予想だにしないものだった。

「いや、違う。言っただろ? 君を助ける為にここに来たんだ。誰も王国に戻れ、なんてことは言っていない。とりあえず、そうだな……。冒険しようか」
「え、え?」
「冒険、いいだろう。王女後継者として逃れ、歌姫となって活躍したり自由なことしてても、冒険はしたことないだろ? いいじゃないか、やろうか、冒険」

ダーウィンの発言はどれも意味が分からなかった。メルトにとって、その言葉はどれも魅力的なものであることは確かだったが。冗談なのか、果たしてそれが嘘で国に帰すつもりなのかは分からないが、この時のダーウィンの目は子供のように輝いていた。

「冒険、か。悪くは、ないかな」
「だろう? まあ、こんなおっさんと、ということが嫌だろうが、勘弁してくれ。若返りはいくらなんでも無理だ」
「別に、連れて行ってくれるなら何でもいい」
「そうか。ならよかった。とりあえず——君は殺し屋か何かに狙われているのは間違いない。ここから脱出することが、まず第一の冒険だ」

ダーウィンが向けた先には非常階段。そして空には、機関銃を構えたヘリの姿があった。

「ははっ、お出ましか」

ダーウィンはその様子を見て、すぐさまメルトの体ごと横へと大きく回避した。その後をヘリの機関銃が追い、無数の弾を繰り出していく。

「うぉぉっ!」「きゃぁぁっ!」

機関銃が乱射される音が後方から聞こえるのを聞こえないフリをするかのように、回避した後、立ち上がって二人して逃げ始めた。部屋をたびたび通り、そうして機関銃から逃れた後、銃や剣を構えた黒いアーマーを装備した者が数名待ち構えていた。

「お出迎えか」

ゆっくりとダーウィンはファイティングポーズを構える。その様子にメルトは驚いた顔で、

「剣持ってないのっ!?」
「仕方ないだろう。君の歌声を聞く為と、君に会う為に、武器なんて持ってここに入られなかったんだから」
「そうは言っても……!」

前方に対峙するのは、5名のどうやら殺すことが目的の兵士達。それに対してメルトを守りながらの何も武器を持たない老兵ともいえるダーウィンが一人。圧倒的に不利に思える戦況だった。
それを分かったように、兵士は素早くダーウィンに近いて来る。そして、武器を振りかぶり、それを思い切り振り落とそうとしたその瞬間、その兵士の体は大きく吹き飛ぶこととなる。
ダーウィンが武器を振り下ろされる前に、それよりも速く蹴りを繰り出していたのだ。その場に取り残された剣を手に取り、他の兵士が襲いかかってきた剣筋を捉え、交差させる。
金属がぶつかる音がし、その次には兵士の悲鳴が聞こえて来た。ダーウィンが剣で兵士を素早く切り裂いたのだ。
弾が何発もダーウィンに向けて撃たれようとしたが、その前に銃を剣で切り裂き、それ諸共、兵士の腕も斬り落とした。
どれもがまるでスローモーションのようでいて、とても素早く、華麗な動きばかりだった。

「ぐぁぁっ!」

メルトがようやくダーウィンの行動から目を離したのは、最後の兵士がダーウィンによって倒された断末魔によるものだった。
といっても、どの兵士も致死には至っておらず、刃向かうことのない程度の傷をつけている者ばかりだった。
メルトはこの時思った。
あぁ、この人は本当に英雄なのだ、と。

「よし、行こうか。プリンセス?」

ダーウィンは剣を二つ、鞘に納めた後、両腰に装着させ、メルトを促して先を駆け抜けた。
その後をメルトは慌てて追いかけていく。もはや瓦礫の崩れる音が連鎖し、壊れていく歌姫の会場を後にして。