ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: アブセントアブソリュート ( No.3 )
日時: 2011/09/18 15:02
名前: 音無ノ犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

セミの鳴き声がこだまする。
夏の到来がその生き物の鳴き声だけで分かる。そして、この穏やかとは表し様のないこの暑さは真夏というそれであるだろう。
普通の何ら変わらない平凡な高等学校に通う、一人の少女がいた。
教室の窓際でぼんやりと外を眺めつつ、憂鬱そうな顔をそのままにしていた。

「はぁ……」

少女、鳩羽 佳苗(はとば かなえ)は退屈だった。
ため息を一つ吐き、佳苗は外を眺めるばかり。友達、家族、日常に何の困ったこともない。ただただ、平凡な毎日の過ぎるこの世界の中に生きていた。

「佳苗ー? また何してんのー?」
「え? あ、ううん。何でもないよー」

愛想笑いを浮かべ、声をかけてきた友達という赤の他人に返事をする。
こんなことが何度繰り返されてきたんだろうか。そう思うと、佳苗はますます憂鬱になった。
今日、残るは最後のSHRのみ。まだ来ていない担任はこの暑さのせいだろうが、汗を拭きながら来るのだろう。

「SHR、始めるぞー」

案の定、汗を拭きながら中年の男の担任が教室に入るや否や、SHRを始めることを示した。




いつからこんな風に捻じ曲がった考えをするようになったのか。
それは、この学校で一人の男子高校生に出会ってからだった。

「よぅ」

その男子高校生は、いつも校門付近で佳苗を待っていた。
名前は、河野崎 諒(こうのざき りょう)。佳苗と会話するようになったのは何時頃だったかは、佳苗自身覚えてはいなかった。
しかし、この河野崎 諒という男が初めて佳苗に向けて漏らした言葉。それは佳苗の心の中でしっかりと残されてあった。

「なぁ。この世って一つなんだろうかな」

不思議な言葉だった。普通に聞けば、何それと言って笑い、相手にもしなかっただろう。
しかし、佳苗はその言葉に対して、

「いっぱい、あるんじゃない?」

そんな返事を返してしまっていた。
それから、河野崎 諒という男は何かと佳苗の前によく姿を現すようになったのだ。
こうして今も、佳苗が友達らと校門前に歩いて出る時、目の前で河野崎は現れた。

「ごめん、先に帰ってて」

いつもそう言って友達を先に帰す。変に誤解をされてもらっても困るし、何よりこの河野崎という男の存在を広めたくなかったからだった。

「何?」

佳苗は暫く河野崎を見つめた後、そう呟いた。
普通に見ると、一般的にイケメンと呼ばれる部類なのだろう。すらっとした身長に、細身な割りに筋肉がついていそうな体型。顔もまるでテレビに出てくる俳優のように綺麗な顔立ちをしている。
佳苗自身、男にモテてはいたが、全てをことごとく断っていた。理想の男性、とかいうものが彼女には存在しなかった。それどころか、付き合おうという気持ちすらも湧かないという、彼女自身も到底意味の分からない感情に付き纏われていたのだ。

「いや、ただ何となく」

河野崎はいつもこうして答える。何、と聞けば、ただ何となく、と返して来る。これもまた、繰り返しだった。

「いい加減、付き纏うのやめてくれないかな?」
「何で?」

すっ呆けた様子もなく、無表情に近い、いや、少し笑みを含んだ嘲笑しているような表情で河野崎は佳苗に向けて言った。
嘆息し、河野崎という男はただのストーカーなのだろうか、と思いながら佳苗は腰に手をあて、呆れたようにして言葉を紡いだ。

「あのねぇ。誤解とかされたら、私の日常が壊れるの。変に噂とかたてられたりでもしたら——」
「何だ、そんなことか」

そんなことって、と声に表しかけた佳苗は、ギリギリの所でそれを飲み込んだ。そして、少し間を開けてから河野崎の方から口を開いた。

「君の日常は、偽りさ。君はこの日常に不満を持っている。そうだろう?」
「何、言ってんの?」

真面目な顔に豹変し、射止めるような視線で河野崎は佳苗を見つめながら言った。

「君の日常は、心配せずとももうすぐ壊れるよ」
「はぁ? アンタが、壊すって言いたいの?」
「違うね。俺じゃないよ」

河野崎はゆっくりと佳苗に近づき、後一歩で体が触れるという所まで来て、言った。

「この世界は、もうすぐ狂う。おかしくなる。この世界は、維持出来なくなるんだ。だから、君の日常は狂う。変わる。無くなる」
「何、言って——!」

その瞬間、佳苗の視線が地球が半回転したように、上下の感覚がおかしくなり、そして頭の働きが段々と薄れていく。目の前が、真っ白と真っ黒のモノクロで覆われ、次第に意識も消えかけていく。
もう、自分がどこにいるのか、何をしているのか、どういう状態なのか、河野崎はどこにいるのか。それすらも分からずに、世界は反転していく。


「君は、世界を救えるか」


最後に響いた声は、紛れもない、河野崎の声だった。




——Apend。