ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: こっち見んな ( No.1 )
- 日時: 2011/09/16 22:16
- 名前: カッカさぬ楽 ◆xH8pjI9WaE (ID: nWEjYf1F)
「ねぇわかる? 君に足りない物」
俺の目の前に立っている男はそう言った。
俺は、この男を知らない。顔も声も。見たことも聞いたことも無かった。
『誰だお前は』。そう言いたかった。しかし言えなかった。その代わりに、とでも言うように、口の隙間から零れ出たのは
「……わかりません」
という、投げやりな台詞だった。
俺は小さいころから「わからない」という言葉が一番嫌いだった。理解することを放棄した駄々っ子が言う言葉のように思えたからだ。
しかし俺は今、確かに言った。「わからない」と。
俺は何をしているんだ。というかなんなんだ。
ここはどこだ。今日は何月何日だ。そして本気でお前は誰なんだ。聞きたいことだらけだった。
「だろうね。だって俺にもわからないもん」
男はにやにやと笑いながら言った。悪趣味というあだ名が世界一似合いそうな奴だ。
「……どういう意味スか」
「そのままの意味だよ。君には何かが抜けていると思う。しかし何が抜けているのかはわからない。そもそも本当に何らかの欠陥があるのかさえ、俺にはわからない」
男はわけのわからないことを早口で一気に口にした。国語の点数が毎回一桁の俺には訳が全く分からない。
「何が言いたいんスか。てかここどこスか。俺家で寝てたはずなんスけど」
当たり前といえば当たり前の質問をした。
そうだ。俺は家で寝ていたんだ。
中学二年の俺・春田マツキは、今日家で妹のナツキと一緒にビデオゲームをしていて……疲れて寝た。
そして、起きたらここにいたのだ。
「ここは俺の家だよ。あぁ、そろそろシチューが出来た頃かな。ちょっと待っていて、ついでくるよ」
男は笑いながらキッチンへ入っていった。
それと入れ替わりに、俺の後ろから人影が現れた。
「春田マツキさん、で宜しいですね」
「……よろしいですが」
美少女だった。
なんだここは。夢の中か。起きたら全部夢でしたとかいうアレか。
だってこの女、俺の片思い相手の高城ミサキにそっくりなんだ。
ああ、そういうことか。夢の中なら仕方ない。
すると美少女が言った。
「夢オチとか甘っちょろいこと考えてるんじゃないでしょうね」
「え、普通に考えてますけど」
「……知りませんからね。あなたのように軽い気持ちでここに迷い込んで、最後までここから出られず牢屋の中で骨になった人間は星の数ほどいるんですから」
美少女が無表情で言った。
今日の夢はずいぶん物騒な夢らしい。
「ほら、また、どうせ夢だとか思ってる。そんなことないんですからね。わたし知りませんからね。わたしみたいになっちゃっても」
美少女はそう言うと、怒ったようにどこかへ行ってしまった。