ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.12 )
- 日時: 2011/09/23 11:04
- 名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
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小説の冒頭ってそれなりに大事な部分だと僕は思うんだ。
最初の一文で、その小説が自分の好みか、別にそうでないかを区別する人は少なくないと思う。ちなみに僕もその一人だったりする。
だからね、こう、なんて言うかね……。
冒頭からクラスメイトとケンカして、嫌な空気を周囲に垂れ流してる主人公とか絶対気に入ってもらえないだろうっていうのが僕の考え。
別に悪気は無かったんだ。
水野さんとは前年度も一緒のクラスだったけれども、僕って大体人の名前とか呼ばないしなぁ。それに僕の眼中にはももちゃんと佐久さんしかいないし。
そうそう。ももちゃんの説明が遅れたね。じゃあ今から愛を込めてももちゃんんについて話すよ。耳の穴かっぽじって聞いてね。
ももちゃんとは、僕の担任の先生である。
ももちゃんの容姿は、左の耳の下で纏め上げている長い艶やかな黒髪が特徴的。それとは対照的に、雪のように白い肌。熟れたリンゴのように赤い唇。下まつ毛の長い大きな黒い瞳。
華奢だけれど身長が低いわけではないその体躯。淑やかな声音。
いつも表情を崩さない彼女がたまに、くすっと噴出す瞬間のギャップだって、たまらないほど美しい。
僕はももちゃんが好きだ。ライクじゃなくてラブの方で。
彼女が僕のことをどう思っているのかは定かではないけれど、両思いだったら良い。
僕が学校に通う理由はただ一つ。ももちゃんこと、百瀬璃央さんに会うため。だから水野さんという人物は僕の記憶にインプットされにくいということだ。
まぁ、けれど、悪気は一ミクロンもないと言い張ったって「女子を泣かせる男は最低」という僕の座右の銘に従えば、今回頭を下げるべきなのは僕だろう。
数分前に頼んだてりやきハンバーガーが御盆ごと目の前に置かれる。冷たいドリンクと塩のきいたフライドポテトも合わせられている。
まずドリンクを手に取り、ストローを口に加えて中のコーラをすする。
口の中で炭酸の弾ける感覚が妙に久しく思えて、まだコーラの味が残っている口でぽつりと一言。
「炭酸うま」
「だよな。何、伊南はコーラ党なの? 俺はカルピスソーダ。佐久と水野は?」
僕の一言に食いつくトーマは、向かい合わせて座っている佐久さんと水野さんに話を振る。
「私は炭酸が飲めないから、オレンジジュースなの」
「……いまフライドポテトについてる塩の粒を数えるのに必死だから話しかけてないで」
佐久さんは心地良いほど丁寧に答えてくれたけれど、水野さんは俯きながら独りでにフライドポテトを齧り続けている。
「ちょ、ちょっとサユ。それは失礼じゃないの」
「何が? どこが? 私、何か悪いことしたっけ」
「何がって……。わ、悪いことはしたでしょ。伊南くんのおでこ、赤いじゃない」
「じゃあ謝ればいいの? はいはい、ゴメンナサイネ」
「伊奈くんをバカにしてるの?」
「べつに…………私、フライドポテト食べ終わったら帰るから」
「あのさ水野さん」
手に持ったドリンクを机に荒々しく置くと同時に僕は言い放った。
困り果てている佐久さんを見るのは面白いことではない。水野さんは自分の怒りを、僕ではなく佐久さんにぶつけているだけだ。それはとても許しがたい。佐久さんは僕の敵だけれど、それ以上に大切な友達なのだから。
水野さんは一度体をびくつかせてから、睨むような目つきで僕を見やった。やっと合わされた視線。そらされる前に僕は切り出す。
「ちょっと外出ようよ」
「……は?」
何言ってるんだこいつは、というような顔つきをする水野さん。けれど僕は気を揺るがせない。
まるで地に根を張った木のように動かない水野さんの手首を掴んで、半ば無理矢理彼女を店内から連れ出す。
「ままま待ってよ、伊南……」
「待たない」
自動ドアに近づくと、その名の通り、ドアは自動に動いて僕と水野さんを迎えてくれた。息が苦しく感じてしまうほどの熱風がバックドラフトを起こす。あれ、バックドラフトって使い方あってるのかな。よし、今度辞書で調べておこう。
衝動だけで水野さんを強引に連れ出してしまった。さてこれからどうすればいいのだろうか。とりあえず建物の日陰にでも移動して、水野さんの頑固な頭に言葉と言う名の水をかけて柔らかくしなければ、決して話は通じないだろうから。
有言実行。また強引に水野さんの手を引っ張り、ファーストフード店の隣に位置する文房具店の屋根がかろうじて作り出す日陰に入った。
そこでやっと水野さんの手首を離す。すると彼女は、僕の手汗の残る部分を、違う手でそっと撫でた。もしかすると、彼女の手首を強く握りすぎたのかもしれない。痛いなら痛いって言ってくれればいいのに。
「ごめん、痛かった?」
「べつに……」
「じゃあ本題に入ります」
「どうぞ」
「ちょっと名前間違えただけで怒らないでよ」
「だって」
僕の言葉に速攻言い訳を重ねる水野さん。
「だってだって」
それはまるで小学生の口調。だからと言って笑い飛ばすわけではないけれど、「だって」を繰り返す水野さんは、どこか言葉に行き詰っているとしか思えない。この際、口下手なのかな、という考えは必要ない。なんたって水野さんは僕のクラスのリーダー的存在に位置する女の子だからだ。笑うときは思いっきり笑い、怒るときは思いっきり怒る、そんな感情的な面を持っているからこそ、彼女はクラスのまとめ役として一目置かれているのかもしれない。
きっと水野さんは僕のことが嫌いなのだ。だからきっと、口上手な彼女でも僕との付き合いをする為にぴったりの言葉が見つからないのだろう。
綺麗な夕日が僕と水野さんの姿をオレンジ色に染め上げる。背を預けた文房具店の壁に二つの影が落ちる。今も続く水野さんの「だって」という言葉に、ミンミンゼミがコーラスを加え始めた。ふと、前方にある車の通行が多い車道の横に並ぶ桜に一匹のセミが止まっていることに気付く。ここからの距離ではそのセミの種類を確認することはできない。けれど鼓膜を揺らすジージーという鳴き声は、そのセミから発せられているようにしか思えなかった。
車が道を通る時の音も。
何を言っているか分からない、僕と同じ格好をした人たちのしゃべり声も。
落ちていく真っ赤な太陽も。
全ては今、僕と水野さんの為に用意された脇役のように思える。それは自意識過剰の考えとはまた違う。あえて名づけるすれば、二人だけの孤独感。僕と水野さんだけが世界に追い抜かされて、止まった時間を生きている感触。僕と水野さんとはまるで別の次元に生きているような、そんな感覚。
「だって——私、伊南が好き」
*