ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.2 )
- 日時: 2011/09/17 17:38
- 名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
* 0 冒頭は悪に占拠され
僕は生まれてすぐに駅のコインロッカーに捨てられた。だから僕には名前なんてない。
なぜに両親は僕を捨てたのか理解できない。
もしかしたら僕に生まれてほしくなかったのかも。それか、生んだ後に僕の存在が邪魔だと言うことに気づいたのかもしれない。しかし結局のところ、どのような思考回路を使ってでも僕は邪魔な存在だという結論にしか行き着かない。邪魔ならばそれでいいけれど、どうせなら僕を生んだ瞬間に殺してくれれば良かったのだ。そうすれば僕はこんな感情を抱かずに済んだ。そして再び違う母体で産み落とされ、幸せな家庭で暮らしていけたのに。
僕は生まれてすぐに駅のコインロッカーに捨てられたが、すぐに発見された。
だからいま僕は、僕を見つけてくれた人の息子として暮らしている。
その人はコインロッカーから自分の荷物を取り出そうとして、すぐ隣のロッカーに僕が入っているのを見つけた。しかし警察等に連絡することなく僕を自分の息子として引き取ってくれたのだ。
その人の名前は伊南さん。
伊南正義さん。
僕は伊南さんのことを父親ではなく、命の恩人として見ている。だから伊南さんのことをお父さんと呼んだことはない。そりゃあ、小さいころはパパと言って慕っていたかもしれないけれど、小さいころの話だから今とは関係ない。
正直疲れるのだ。『仮のお父さん』っていうその響きが。
血の繋がっていない人と一つ屋根の下で暮らしている感想は、めんどくさい。これだけだ。
伊南さんは本当に僕のことを大切にしてくれるが、僕にとってはそれが迷惑なのだ。僕も気を使うハメになるし。だから逆に、いつになっても僕は伊南さんのことを『お父さん』って呼べないのだ。あ、今のなし。却下。僕のキャラじゃない。
僕の人生には父の日も母の日もない。
当然伊南さんには奥さんがいるのだが、僕をコインロッカーで拾った日に交通事故で他界しているらしい。だから伊南さんは僕という新しい命を手に入れたために、奥さんという愛すべき命を失った。それを知ったのは小学二年生のときだったかな。だからきっと伊南さんは僕を恨んでいるのだろう。伊南さんも僕が邪魔なのだろう。だから小学二年生のときから、『自分の家』のことを『自分の家』と言うことができなくなった。いつでも僕は『伊南さんの家』に住まわせてもらっているのだ。
小学二年生で家に居づらいとかありえないだろ? ありえるんだよ、これが。可哀想だって、指差して笑ってくれ。
伊南誠。
というのが僕の名前だ。伊南さんがつけてくれた名前だ。大切な名前だ。
まこと。
という三文字が空気を伝って耳に届くと、ああ僕は生きていていいんだな、と安心する。僕の名前は僕にとって大切な処方箋。
苦しいことや悲しいことがあったりすると、誰かに名前を呼んでもらいたくなるのはそのせいだろう。
名前は僕の存在意義だから仕方ないことだけれど、名前を呼んでもらうだけで安心するなんて、よくできた人間だと思う。手ごろで、手軽で、単純なやつだと思う。
けれど僕がどれだけ自嘲したところで、誠という名前が大切なものであることはぶれない。
僕にはどうやら無意識に自嘲を始めてしまう癖があるようだ。
でも大丈夫。
「まーこーとっ」