ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.20 )
日時: 2011/09/27 23:39
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: 私の尊敬している方との雑談を元に、会話文は構成されてます。HAHAHA!!

*


 藤間駿は一人暮らしをしている。
 中学生で一人暮らしだなんて、豆腐のくせに意外と格好良いことしているじゃねーか、という気持ちを持つのは数分で飽きた。

 トーマ宅は、一言で言ってしまえばただのおんぼろアパート。月一万三千円で住めるとか。
 金は親が郵便を伝って届けてくれるらしいが、トーマほどの背格好ならばここ周辺の八百屋でレジ打ちをしていても中学生には見られないだろう。身長が百八十を超えているコイツと並ぶと、百七十三の僕は他人から見てどうなのだろうか。兄弟とか? いや、もちろん僕が兄だろうな。トーマ見たいなふざけた奴が兄とか考えられる気がしない。

 そんなこんなでトーマ宅。
 殺風景な六畳間。窓は開いているのに蒸し風呂のような室温。壁にある意味不明な木材の出っ張りにかけられた制服。濁った白色のカーテン。古びた勉強机の上には、無数の教科書とそれにまぎれて何冊かのえっちぃ本。
 きょにゅー特集だってよ。ケッ。

「女性を胸の大きさで選ぶ奴はクズって、僕の尊敬している人が言っていた」
「おいおい。勝手に人の机の上を物色するな」
「お前は最低の人間だな」
「それは普通、女性が言う言葉だろう」
「え、トーマ知らなかったの? 僕、実は女の子なんだよ? ほら、最近やっと胸が大きくなってきたんだよ?」

 隣で胡坐をかいて座っているトーマに、四つん這いの姿勢で近づく。 
 するとトーマは呑んでいたチューハイを、器用に霧状して口から噴出した。そしてとても苦しそうに咳き込む。
 噴出されたチューハイによって、畳に落ち着かせていた僕の手が濡れたのが気に食わない。直ちにトーマのTシャツを引っ張って、摩擦で皮膚が破れそうなくらいの勢いで拭き取る。

「うわ、きったねぇーの。最悪だ、お前は最低で最悪の人間だ」
「げほ……っ、伊南ってそんな高い声出せるんだな」
「なに? 期待したの? 期待しっちゃったの? 期待させちゃってごめんね、僕は正真正銘の男だっつーの、バーカ」
「あーあ。チューハイが勿体ねぇな」
「聞けや」

 そう言ってトーマの足を蹴る。
 というかトーマ、いつの間にチューハイのデビューをしていたのだろうか。
 中学生で飲酒だなんて気が引けるけれど、少し憧れてしまうな。
 けれどそんなことできるはずがない。僕が飲酒をしているとして、それを伊奈さんが知ったら、何と言ってくれるだろうか。泣いてくれるのだろうか。叱ってくれるのだろうか。そうだったら良いな。少しでも僕のことを息子だと思ってくれていると良い。そうしたら僕も伊南さんのことをお父さんと呼べるのにな。はいはい、これも僕のキャラじゃない。ストップストーップ。
 僕が手についたチューハイを拭き終わると、それを待っていたと言うかのようにすぐに立ち上がるトーマ。これまた古びたキッチンに向かい、そこから手拭を取ってくると、畳を濡らす自分の噴出したチューハイをごしごしと噴出した。
 無駄に家庭的な一面のあるトーマである。
 ああ、もう……。何だか頭が回らないぞ。今日はダメだ。本当にダメだ。トーマのことを褒めるだなんて、どうにかしてる。全ては水野さんのせいだ。水野さんが僕に告白なんかしてくるからだ。なんで僕なんだよ、馬鹿馬鹿しい。本当にあり得ない。なんで泣かれながら告白されなきゃいけないのか、意味が分からない。本当に、気持ち悪いったらありゃしない。
 嬉しいとか思ってしまった自分が、気持ち悪いったらありゃしない。

「なぁ、トーマ」
「なんだよ」
「チューハイ飲みたい」
「お前は酒癖悪そうだから絶対にダメ。お正月の甘酒も飲んだことの無い坊ちゃんが、無理して肝臓汚すことはないだろうが」
「それ本気で言ってるのかよ」
「うん」
「……っ、お前なあ——」

 ——僕にとってお正月が、どれだけ辛い行事だか分かって言ってるのか。
 と言おうとしたがやめた。

 変わりに嗚咽が出てきたからだ。

 泣くのは久しぶりではなかった。数日前、自分が晩御飯を作る当番だったことを忘れてしまったとき。眉を下げて「気にしなくていいさ」と呟いた伊南さんを見たとき。僕は自室に駆け込んだ。伊南さんに迷惑をかけたことがくやしかった。そんな、お父さん見たいに優しくしないて欲しい。家畜のように踏みつけてもらう方が相当楽だ。
 しかし今回の涙には何の理由も無い。どうしよう、これじゃあ僕が精神不安的な人間みたいじゃないか。

「ほらよ」

 むせながら泣く僕に、冷気を漂わせるチューハイの缶が差し出された。
 僕は無言でそれを受け取る。見た目通り、缶はとても冷たくて。それを差し出したトーマの呆れ顔は暖かかった。

「それを飲んだら、今日は友人の家に泊まりますって、正義さんに連絡しとけよ」
「お、おう」
「いや、やっぱり今からしておけ。俺は酔い潰れたお前を見たことがないからな」
「……今日はアルコールデビューの日だ」
「別に祝うことじゃねぇよ。悲しいことだろ、アルコールデビューだなんてよ。それを飲んだら、もう子供には帰れないって思っておけよ」
「トーマのくせに大人ぶってんじゃねぇよ」

 チューハイの缶を開けて、とりあえず一口。
 口の中に広がるのは甘酸っぱいグレープフルーツの味。けれど、あれ。なんだろう、意外とジュース感覚でいただけるぞ。
 そう思ってもう一口。
 ああ、これは——癖になってしまう人の気持ちが分かる気がする。アルコールが入っているとは思えないほどの美味しさ。炭酸入りでとても飲みやすい。

「おいおい。そんな調子で飲むと、後で痛い目見るぜ? 酒は飲んでも飲まれるなよ」

 妙に先輩のような視線で物を語るトーマ。しかし、後で痛い目を見るのは当然だと思うので敢えて返答しない。トーマの言葉の三分の二は真実である為、僕はこうしてたまに反論できなくなる。
 さて、チューハイデビューも美味しくいただけたので、酒に酔った勢いで、トーマに相談でもしてみるとしよう。