ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.22 )
日時: 2011/10/01 01:06
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)

*


 土曜日はトーマの家にてずっとごろごろしていた。

 別にごろごろしたかったわけではないが、頭が重いとどうも働く気が失せる。では何が僕の気力を吸い取ったのかと言うと、それはアルコールである。
 チューハイである。グレープフルーツ味のチューハイである。

 どうやら僕は人並み以下に酒が飲めないらしく、缶の中を飲み干す前に、体のだるさに耐えられずダウンしたらしい。
 僕にとっては苦いチューハイデビューだったが、トーマはそんな僕を見て「数年前の俺みたいだ」と笑った。
 その言葉に隠された意味は、トーマがもはや小学生の頃からアルコールに手を出していたと言うことだ。僕はトーマの親友という肩書きを持ちながら、そんなこと知りもしなかった。

 もしかしたら、僕が伊南さんに向けて抱えている思いを察して、気遣ってくれていたのかもしれない。

 僕が伊南さんを避け始めたのは小学校二年生からだし、トーマほど僕の近くにいてくれた人はいない。気付かれて当然だろうと思いながら。
 少しだけ申し訳なかった。それに比例して、トーマの作るご飯はどれも、ほんのりと塩味が強かった。

「非行も悪くないだろ?」
「僕にはまだ早かった」
「そうだろうよ」

 トーマはそう言って鼻で笑うが、回転の鈍くなった頭で考えることをするのはとても難しい。
 だから僕は、どうでもいい、と言うようにトーマの言葉を振り払う。しかしトーマはそんな僕を面白がっているのか、それとも勇気付けようとしているのか分からないが、すぐに返答してくる。

「でも、楽しくないか? 大人の知らないところで非行を繰り返して、若者はダメになっていくんだ」
「お前は酒を飲むの、楽しい?」
「一緒に飲む相手による」
「僕と飲むのは楽しくなかったのかよ」
「次に飲むときは、絶対楽しいと俺は未来を予知する」
「酒なんて、もう二度と飲まねーよ」

 そして今日は日曜日。

 予定も何もありゃしない、ただの暇な一日。

 昨夜は七時に晩御飯を済ませ、八時には寝入ったので、朝早く目覚めることになった。
 しかし、朝早くと言っても午前六時。
 佐久さんなどが聞いたら、そんなの普通だよ、と控えめに笑うかもしれないが僕にとっては睡眠時間に分担される時刻。

 先ほどまで寝こけていた畳から上半身を挙げる。畳が微かに軋むが、こんな小さな音でトーマが起きることもない。昨日や一昨日の頭の重さがまるで幻だとしか感じられないほどの爽快な気分だ。いつも寝起きはイライラしていて、すぐに二度寝をしているはずなのに。

 気分がいいので散歩に出かけることにした。

 トーマ宅の玄関の扉は開け閉めする度に、文字では表せないような音がするので、宿主を起こさないようにしながら部屋の外に出るのはとても高度な技が必要だった。 
 午前六時の町並み。
 昼に見る太陽とは別物に見える早朝の太陽。それが住宅街を照らして作った影に入り、極力肌が焼けないようにして、僕は徘徊を開始することにした。

 トーマの住んでいるこの地域は、一般的に『大都市』と呼ばれる場所とは打って変わって、昭和の風味が漂っている。
 築三十年はとっくの昔に超えていると予想される武家屋敷のような家々。古本屋や八百屋、駄菓子屋は当たり前のように存在し、トーマの家に遊びにくると、いつもタイムスリップした心地になる。コンビニエンスストアは古びた家と家の間に位置しており、トーマが僕に与えたチューハイは、いつもここで買っているらしい。ちなみに僕はそこへ入ったことがない。

 僕の住んでいる地域は洋風な住宅街だらけで、いかにも現代、という感じ。
 トーマの住んでいる地域と、僕の住んでいる地域は隣合わせなのだが、こうも外の風景が違うと頭がおかしくなりそうだ。
 それが楽しいのだが。

 そういえば、佐久さんもこの辺りに住んでいるとトーマに聞いたことがある。
 佐久さんほどの黒髪美人が住んでいるとなれば、この地域も本望だろう。

 木造の古い屋敷を通り越し、すぐに左に曲がる。すると、目の前に新しく広がった小道。
 そこに佇む、白いワンピースを着用した女性。女性は「あっ」と呟くと、走りにくそうなサンダルで、ぺたぺた音を鳴らして僕に近づいてくる。
 女性と僕との距離が三メートルも無くなった時。

 僕はようやく、その女性が佐久さんであることに気付けた。

「おはよう、伊南くんっ」