ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.23 )
日時: 2011/10/01 23:31
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: (^ω^)キャラが安定しないのが最近のお悩み。

 早起きは三文の得。
 ならば僕にはあと二文、何かがあるってことだな。

 満面の笑みを浮かべながら、僕の正面で立ち止まる佐久さん。今まで風に揺れていた佐久さんの髪が、しなりと下を向く。日陰に隠れて一切光は当たっていないというのに、彼女の黒髪は艶を放ち続ける。
 僕もほんのり笑いながら佐久さんに挨拶を返す。

「おはよう、佐久さん」
「伊南くんは東街道に住んでいるんでしょう? なんで西街道にいるの?」
「金曜日からトーマの家に泊まってる。まさかこんな所で、自分の天敵に会うなんて思わなかったよ」
「天敵はよしてよ。私達、『まこと』同士の友達なんだから」
「『まこと』同士だから天敵なんだろ。少なくとも僕は、生涯、佐久さんのことを間琴って呼ぶことは無いよ」
「私はいつだって、伊南くんのことを誠って呼びたいわ。なのに、伊南くんが許してくれないから……」

 僕にとっては処方箋に近い自分の名前。苦しい時に名前を呼んでもらえれば、それだけで回復することも多々あった。
 けれど彼女は自分の名前にコンプレックスを抱いている。佐久、間琴と言う名の彼女は初対面の人間にまず、佐久間、琴さんだと間違えられる。彼女は十四年生きていて、「佐久間さん、始めまして」「いいえ私は佐久ですよ」という対話を何回繰り返したのだろう。きっと嫌になるほど彼女は首を横に振ったはずだ。けれど彼女は、自分に理不尽な名前をつけた両親のことを一度も憎いと思ったことはないのではないか——いや、思えないのかもしれない。彼女は優しすぎて眩しいくらいの善人だから、有り得る話ではある。たった二年の付き合いだが、それくらい僕にでも分かる。
 僕の沈黙によって強制終了された会話。
 気まずい雰囲気に耐えられず、僕は佐久さんに話を持ち出す。話というか、ちょっとしたお誘いかな。

「一緒に歩かない?」
「なんで急にそんなこと言うの? まさか、酔い覚まし?」
「えっ……」
「冗談よ」

 くすくすと笑う佐久さん。

「伊南くんったら、ジョークの通じない人なんだから」

 本当に容赦のない女の子だと思う。
 佐久さんは、僕が非行少年だと知ったらどうするのだろう。鼻で笑うだけなのか、それとも、容赦なく僕を追い詰めて叱ってくれるのだろうか。
 そんなことを考えたって、どうせ口にしないことは分かっているはずなのに、ふと思い込んでしまった自分が少しだけ馬鹿馬鹿しかった。

「伊南くんは西街道のこと、詳しくはないんでしょう?」
「まぁな」
「じゃあ私が案内してあげる」
「あ、いや、やっぱいいや」

 言い終えて、すぐに佐久さんから目線を逸らした。
 そうしないと、悲しそうに歪んだ佐久さんの表情が見えてしまうからだ。

 自分から誘っておいて、それの話にのってきてくれた彼女の提案を断るなんて、僕は最低の人間だ。けれど大丈夫、これで僕と佐久さんの関係が崩れることはない。僕と佐久さんはいつだって敵通しなんだから、馴れ合いやおふざげはごめんだ。場の空気に流されてそれを忘れてしまった自分を後でこっぴどく叱っておくことは決定した。
 それと、彼女の提案を断った理由はもう一つある。それは、明日、僕がももちゃんに告白をするということを佐久さんに伝えておきたかったのだ。女の子の佐久さんなら、男子に言われて嬉しい言葉などを一つや二つ持っているはずだし、それを明日の告白に使用しようと思った。
 僕は早速、新たに話を切り出す。

「実はさ、あの、相談にのってもらいたくて」
「相談?」

 しぼんだ声が返ってきた。
 すると胸がちくりと痛んだ。
 僕は続けた。

「明日さ、とある誰かに告白しようと思ってるんだ」

 天敵に相談をするなど、自分は本当に何をしているのだろうか。
 語っていることが矛盾していそうで怖い。
 けれど前に語ったように、佐久さんは天敵の以前に僕の大切な友達。きっと親切に請け負ってくれるだろうと考えた。 
 しかし。
 その考えは甘かった。


「や……やだ」


 まさかそんな言葉が佐久さんの口から飛び出してくるなんて考えやしなかった。僕はとても驚いた。驚いたというより、信じられなかった。だから即座に佐久さんを見て、また、

「ぜ、ぜったい、やだ……そういうのは、女の子に相談しちゃいけないよ、伊南くん」

 口元を尖らせ、明らかに『嫌だ』と表情が語っている。
 善人の裏面を除いてしまった僕は、後悔という概念が渦巻き始めた頭を何とか回転させて、頭をぺこりと下げる。

「そ、そうだよな。ごめんな。あはは、ごめんごめん」
「あっ! あ、えっと、ううん、やっぱり私、相談のろうか?」
「いいよいいよ。本当、いいよ」

 じゃあ、と呟いて、踵を返す。
 そうすることによって強引に佐久さんと別れた。
 道を抜け、そこに入るまでに歩いていた木造の古い屋敷が建っている道に出た。
 焦りを隠すことができないまま、早足にトーマ宅へ帰ろうとした瞬間。

「伊南くんっ!」

 背中の向こう側から、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「わたし、かってなこと言っちゃったね、ご、ごめんね」
「……二度と!」
「へ?」

 拭きかえり際に、僕も大きな声を出す。近所迷惑だなんて、しらない。
 とりあえず佐久さんを安心させておかなければならない、と本能が自分に語りかけ、ほとんど何も考えずに叫んだ。

「二度と、こういうことが無い様にしような!」

 言い終えた瞬間、僕は走り出していた。その言葉が更に彼女を傷つけていたらどうしよう、という感情が溢れて、いてもたってもいられなくなった。つまり、逃げ出した。女の子を泣かすのは良くないことだと、分かっていたはずなのに。

 僕は格好悪く、その場から逃げ出した。
 ペースを崩すことなくトーマ宅まで駆けた。


 だから、佐久さんの返事は聞こえなかったんだ。






* 0 冒頭は悪に占拠され〜おしまい