ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.3 )
- 日時: 2011/09/18 01:07
- 名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
桐浜中学校の金曜日の五時限目には理科の授業がある。気だるい。だから授業の後半になると意識が飛ぶ。夏だから仕方ない。
教室の天井に四つ取り付けられた扇風機が一生懸命首を振ってくれているけれど、僕の席はどうやら死角のようで一切風が来ない。つまり僕の意識が飛ぶのは熱中症のせいだ。
けれど名前を呼ばれることによって、僕の意識はなんかすごい暗い所からようやく返ってこれた。感謝感謝。そうして、鉛のように重いまぶたを開けるのと同時に、机に突っ伏していた頭も上げた。
「あ、ごめん伊南くん。伊南くんじゃなくて、佐久の方の『まこと』なんだ……」
「ふーん。別に気にしてないからダイジョブ」
HPゲージは満タンでーす。
ということで、
僕には天敵がいる。天敵は僕のクラスメイトの中にいる。そいつは僕の隣の席に居る。
天敵の名前は、佐久間琴。
さくまこと。
さくま、こと。いや違う。さく、まこと。
佐久が名字で、間琴が名前。かっわいそーな名前してやんの。って言うのはただの強がりで、実はさっきのパターンすごい傷つく。
HPゲージが赤色で点滅しまくってます。ぴこーんぴこーん。
「ごめんね伊南くん」
僕の隣で小さな頭を下げる佐久さん。
佐久さんほど憎めない女子はいない。だから僕もすぐに頷く。正確には、頷かせられる。
「ダイジョブだって。仕方ないじゃん、名前おんなじなんだし」
「でも、さ……。伊南くんもいちいち面倒だよね?」
「ちっちぇこと気にすんなよ。こんなの日常茶飯事じゃねーか。佐久さんは人が良すぎるんだよ」
「そんなことないよ」
「誤らなきゃいけないのはこっちだよ。僕みたいなやつとおんなじ名前だなんて、かわいそーだ」
「いやいやいやいや、そんなこと——」
「まーこーとっ!」
僕と佐久さんの会話を裂く、えーと……ああ思い出した、中部さん。中部——中部ユナさん。中部湯女さん。違うっけ。
まぁいいんじゃねーの。だって僕、中部さんと接点ないし。
「あ、ごめんね伊南くん。私達もう帰るね」
「何言ってるの佐久さん。ついさっき五時限目終了したんでしょ? ってことは休み時間じゃん。すぐに六限始まるよ?」
「えっ……」
「ちょ、ちょっと伊南。教室見渡してから、時計見てみ」
戸惑う佐久さんに、僕を哀れむように見る中部さん。
僕は中部さんに言われた通り、ぐるりと教室を見渡す。
どうやら教室にいるのは僕と佐久さんと中部さんだけみたいだ。六時限目は移動教室だったっけか。次に、黒板の真上にかけてある時計を見る——えっと、ただいまの時刻、六時三十七分。
本来六時三十七分は、七時限目も終了して、とっくの昔に放課後になっている時間帯だ。
と言うことは、
「この時計壊れてるの?」
「壊れてるのは伊南の頭だなー」
「冗談はやめてよ中部さん」
「……」
「……」
なぜかその場の空気が一瞬で凍りつく。
口をぽかんとあけたまま突っ立っている佐久さんと、眉を寄せて唇を噛み締めている中部さんが目の前に居る訳なのだが、どうも状況が掴めない。
また無意識に変なことを言ってしまったのかもしれないし、もしかしたら二人を傷つけてしまったのかもしれない。と悩んでいると、中部さんの瞳が妙にきらきらと光っていることに気付いた。
まさか。
ま。さ。か。
中部さん泣いてるの? いや、僕が泣かせたのか?
「え、ちょ、中部さん?」
「中部って誰のことだこのアホタレー!」
唐突に顔面に何かが飛んできた。
「いてっ……!」
別に痛くはなかったが、びっくりして思わず反射して顔を歪めた。
「あ、ごめ……」
中部さんがそうやって何かを言いかけたが、途中で途切れたその言葉は再び繋がれることはなかった。
驚きに目を瞑っている最中、中部さんが教室から走り去っていくようなそんな急ぎの足音が聞こえる。続いて「あ、待ってよ、サユ……」という佐久さんの声が聞こえた。そして同様に、教室から走り去る足音。
二人の足音が遠くへ消えてから、僕はようやく目を開ける。痛む鼻の天辺を指で摩りながら、自分の足元に落ちている猫のストラップを手にする。きっとこの猫は先ほど中部さんが僕に投げつけた代物だろう。
あ、いや、違う。中部さんじゃないんだっけ。
そういえば佐久さん、サユって呼んでたっけ。中部サユさん……? いや違う、中部さんと呼んだから怒られたんだし、中部さんっていうのが違うんだ。
そしてなんとなく時計を見る。
時刻は六時四十二分。
席を立って窓側に移動し、開け放たれた窓の枠に腰を下ろす。そこから見える運動場には、一生懸命サッカーに勤しんでいる人たち。いや、サッカーだけではない。野球も、陸上も、ソフトボールも……弓道場にもなにやら人がいるようで。
「あ。僕って五時限目から今までずっと寝てたのか」
やっと真実に辿り着く。
まったく、誰も起こしてくれなかったのか。心の狭いクラスメイトだな。
*