ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.39 )
- 日時: 2012/08/10 19:24
- 名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: TBWsfUdH)
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水野白湯さんの瞳は虚ろで、焦点を合わすことを自らが拒んでいるかのような雰囲気が立ち込める。
着崩れたセーラー服から漂ってくる花の香りは石化の呪文の如く、僕の体を凍りつかせた。
細腕から流れ出る赤い雫で既に濡れてしまっているプラスドライバーを軽く手の中でくるくると回すと、その切っ先を桃瀬先生に向けた。
不規則に落ち続ける赤い雫が、ぴちゃん、と音を立てずに床に弾けた。
「桃瀬センセー。あなた、邪魔よ」
水野さんの声はどす黒く、どっしりと重たい。
吐き出された言葉は床にめり込んで、僕らにしか感じることの出来ない地震となった。
「存在が邪魔よ。早くどこかに行って頂戴。じゃないと誠くんと二人っきりの時間が味わえないじゃない……ていうかセンセー、貴方さっき誠くんの頬に触っていましたね?」
一人でどんどん会話を進めていく水野さん。しかし反論することができないのは、僕だけではなく桃瀬先生も同じだった。僕と違って、水野さんの言葉が向けられている対象の彼女ではあるけれど、肩を震わせたままで一向に口を開こうとはしない。しかし桃瀬先生が何か言葉を発したところで、水野さんはその声に一切耳を傾けないだろうが。
我を忘れたまま自我の目覚める予兆を見せない水野さんは、一歩僕に近づくと、僕の頬に自分の血をなすり付けた。
べちゃり。
生暖かい音が脳に響く。
首がすうっと冷たくなった。
「しょうどく、しょうどーくー」と口ずさみながら笑顔で自身の血を僕に塗りたくる水野さんの笑顔が恐ろしくて。おぞましくて。
僕は叫びだしそうになる気持ちを唇を噛み締めて堪えた。
「いつもの倍以上に男前になったね、誠くん。良かった」
そしてにこっと彼女は笑う。
僕の精神はもう限界だった。いままで見たことの無いクラスメイトの行動に、動揺を隠せない。隠せるわけがなかった。
だから僕は今の水野さんにとって一番してはいけないことをしてしまった。
気付いたときにはもう遅かった。
「僕に……僕にさわるな……」
「え? なぁに誠くん?」
「僕に触るなって言ったんだよ……聞こえなかったのかよ……」
「さわるな? さわるなってなぁに? ねぇ誠く——」
「うっっっっっるるぅせえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんだよ!!!!!!!!」
その怒号は誰かの心をぶち壊しただろう。
恋焦がれて心まで焦がした彼女。
彼女は。
そのときの彼女は。
真っ青な顔つきで。
実にヒステリックにクレイジーに。
目をひん剥いて。
桃瀬璃央にドライバーを向けていた。
「お、おま、おまえのおまえのせいだあああああああアアアああああaaaa嗚呼嗚呼aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
何が起こっているのか理解できなかった。だって。水野さんに向かって精一杯の罵声を浴びせたのは紛れもない僕なのだ。
なのに、なぜそのドライバーは桃瀬璃央を突き破ろうとしているのだろう。
一体何の間違いで、水野早湯は桃瀬璃央を殺そうとしているのだろう。
僕の隣にいる桃瀬璃央は状況を上手く把握できていないようで、自分の顔面に向かってきているドライバーを直視したまま固まっていた。それを避けようと考える瞬間すら石化の呪いに止められた好きな人を守る為に僕に何ができるだろうか。
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚!!!!!!!」
なにがって。
につかわしくないけれど。
もしぼくのはんだんであなたがわらってくれるなら。
できることをしたいんだ。
きょうをこえてあしたをむかえるために。
なにもかもなげだして。
いまあなたをたすけたい——
助けたい。
*