ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: crazy diary ( No.64 )
- 日時: 2012/03/09 19:58
- 名前: hei (ID: Fa1GbuJU)
電話を入れると、十分足らずで和昭のおっちゃんがやってきた。
どうやって手に入れてくるのか、オリーブ色の作業服を身に付け、どこからどう見ても学校の用務員だった。
「…大丈夫かよ、坊主…?顔色悪いぞ?」
「問題無いよ。犯人は化学室の中だ。…ナイフは俺に返してくれよ?」
そんなやり取りをした後、化学室の中に入っていくおっちゃんの後ろ姿を
俺は眺めていた。
(…何だったんだろうな…?)
何かがぽっかり抜け落ちてしまった様な、不思議な気分だ。
涙も出ない。悲しいとも思わない。
ただ、喪失感だけが心の中で横たわっている。
「欠けたもの」を埋めようとしたから、罰として更に「欠けて」しまったのだろうか。
それとも、最初から「欠けていた」のか。
(解らん。さっぱりだ。)
そんな事を考えている内に、無性に先生の死に顔が気になった。
丁度化学室から出てきたおっちゃんに尋ねてみた。
「おっちゃん、死体はその用具入れの中?」
「ん?ああ…。死体袋抱えるわけにもいかんだろ。それがどうした?」
「……見せてよ。見たいんだ、顔。」
「…はあ?」
おっちゃんは怪訝そうな顔をしながらも、死体袋のチャックを開けて
顔を見せてくれた。
「……」
やはり、何の感情も湧かない。喪失感もそのままだ。
ただ、どこか懐かしさを感じた。
「あんたには先生でいて欲しかったよ…。研究者じゃなくてさ…。」
自分でも声を出したか分からないほど小声で、そう呟いた。
この亡骸は明日にはとっくに焼却されて灰になっているだろう。
(終わった)
そう、自分に言い聞かせた。
考え事をしていたせいか、家に帰るまでの記憶は殆ど無かった。
その考え事とは、先生の最後の言葉についてだ。
先生は「また一つ学べた」と言っていた。「学べた」と。
それはつまり、最後まで先生は俺の感情を「学んだ」だけで、「理解した」り、「共感した」訳では無かったのではないか。
先生は、最後の最後まで自分の信条を曲げず、何も変わらないまま逝ったのか。
俺の行動は、無意味だったのか?
(…)
悲しみでも喪失感でもない、陰鬱とした気分になった。
これからも俺は、あんなエゴイズムの塊のような奴らを相手にして、
殺しながら生きていくのか。
(殺伐とし過ぎだな…。自分で選んだ道だけどさ。ははは…)
何の為にこんな事をし続けるのだろう。救いは無いのだろうか。
家の玄関に着いた時には、これ以上無く気持ちが沈んでいた。
機械的にドアを開け、無意識にリビングへと進む。
「あ!おかえりー!」
テーブルの上に素麺ののった皿とめんつゆの入ったガラスの容器があった。
「…何これ?」
「作った!一緒に食べよう!」
ソファーに寝転んでいた姉が、勢いよく起き上がった。
キッチンに目をやると、素麺を作るだけにも関わらず、フライパンやミキサーが散乱している。よほど苦戦したようだ。
だが、そんな事は何故か全然気にならなかった。
(作れたんなら勝手に食えばいいのに…。何でそんな所で愚直なんだよ。意味分かんねえ。)
そんな事を思いつつも、自然と俺は微笑んでいた。
「ああ。食べよう。」
「うん!いただきます!」
そうだ。思い出した。
殺伐としていても、俺にはこの道を進む目的があった。
他人のことをいつも第一に考える人間も、確かにこの世の中にはいる。
そんな人間達の平穏を維持する為に、俺は汚れ続ける。
気付かれなくても、感謝なんてされなくてもいい。
(それで…いいんじゃねえか…?)
待ち侘びた様に素麺を啜る姉を見ながら、そう思った。
—第三話 完—