ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 月の夜 -Moon Night- ( No.3 )
日時: 2011/09/23 05:23
名前: 海底2m (ID: OpTb07uC)

Page.2 「ようこそ月の世界へ」

「え、あの、その」
「とにかく入んな」
完全に行動が停止している唯月を、別にどうすることもなく男性はまた部屋の中に戻っていった。ドアが数センチほどだけあいている。
唯月は固まる足をゴキゴキとならしながら残りの数段を駆け上がり、恐る恐る部屋の中に入った。

部屋は簡素な作りだった。ドアからは一本の廊下が延び、玄関左脇にはトイレが、右脇には脱衣所へと繋がっている細い廊下があった。風呂場はどうやらその先だ。
そして、中央の廊下の右には台所と小さ作業部屋があり、左には唯一少し広めの居間があった。
「ドア閉めな」
そうやら居間にいると思われる見えない男性にそういわれて、唯月はあわててドアを閉める。
初めて気づいたが、こんな昼間なのにも関わらずブラインド、というよりは光を遮断する木の板が、窓という窓に釘づけられている。
部屋の中の光源は電気白く光る数本の蛍光灯だけだ。
居間に入るとそこには、
部屋の中央にポツンと置かれた卓袱台ともいえる丸テーブルと、座布団が一枚。
部屋の四つ角には段ボールが積み上げられ、窓にはごつい木の板。時代おくれのブラウン管のテレビにはファミコンが接続されていた。
いやまさにこれこそが殺風景。
とりあえず、とどこから引っ張ってきたのか、座布団をもう一枚出すと、男性は座るよう促した。
唯月は素直にそれに従う。
男性は170ある唯月より10cmほど背が高く、顔もなるほどイケメンだ。年は20代後半というところか。
いやしかし、と男性は口を開いた。
「本当にお前さん、よくあんな日の下で生き延びてこられたな。どっから来た?」
男性はプラスティックのコップに麦茶を注いでもってきた。
軽く頭を下げてちびりと一口。まさか毒でも入ってるんじゃ…などと頭を回転させながら
「北の方から」
と一言だけ答えた。
都内か県外かを聞かれたので「茨城」とこれも一言で答える。そろそろこちらも情報を得る権利があるはずだ。
「あなたは…?」
「俺か?俺は…そうだな…」
男性はしばらく考え込む素振りをして顔を上げた。
「水戸部ぇー…毅だ」
「いや、あの明らかに偽名臭いんですけど」
「あぁ、偽名だ」
認めるのかよ!と胸の奥で毒づきながら『石井』と書かれた札のことを聞いてみた。
水戸部(偽名)は、あー…と思い出すような仕草を見せると口を開いた。
「あれはこの部屋の持ち主だった人間だ。俺が代わりに住んでる」
「代わり…?」
あぁ、と水戸部は席を立った。
「とりあえず夜になればわかるさ」

そうしてファミコンをしながら長い長い夜を待った。とりあえず身を預けることは問題なさそうだ。
そして——

突然、教会の鐘のような低い響きが一回、二回、三回——
水戸部はニッと笑って立ち上がる。
「外に出るぞ」
唯月は水戸部の後を追って階段を下り、そして数時間前通った玄関を再びくぐった。そこには…

大きな、大きな月。ただそれだけだった。
通常の30倍はあろうか。接近しているのか、それとも大きくなっているのか——





「ようこそ、月の世界へ」