ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月の夜 -Moon Night- ( No.4 )
- 日時: 2011/10/01 03:19
- 名前: 海底2m (ID: Z/4jDFpK)
Page.3 「月市」
「相変わらず…大きいですね」
唯月はぼそっとつぶやく。別に聞かせるつもりはなかったのだが、それは水戸部の耳にも届いた。
「あぁ、最近はもうクレーターが手に取るようにわかるまでに至った。昼間でも月が光ってるしな」
水戸部はそういうと砂まみれの道路を歩いて渡った。
かなり大きな道だが、車は一台も通らない。それが朽ち果てた世界を象徴するようで、唯月は短くため息をついた。
人間、成す術ないな——
いくぞ、と声をかけられて、唯月は水戸部の後を追った。
「わー……」
唯月の開いた口がふさがらない。
それもそのはず、先ほどまで本当に「死んだ街」だったところが、煌々と電灯に照らされ、屋台は並び、
人々は笑いあい、おいしそうな肉の匂いと共に白煙が上がる。
「これが、月市だ」
「月……市…」
月の下で、人はなお「幸せ」を忘れていない。
それを代名しているかのような水戸部の言ったその言葉は、唯月の心に深く沈んだ。
月市は広場のようなところに広がっていた。
円形の広場の中央には、先ほど聞こえた鐘の音を発していたであろう釣鐘が、高い木組みの建物のてっぺんに配置され、
それを取り囲むようにして、様々な出店が光を放っている。
「電気は…?」
「ん?あぁ、昼間に太陽光発電で蓄電しておくんだ。何分この騒ぎだしな。
ソーラーエネルギーの普及が進んでてよかったぜ」
猛威を振るう太陽は、こういう場で役に立っていたのだ。唯月は自然の力に大きく感動した。
「さてと、まずは住人登録だ」
「住人登録?」
水戸部は何かを探すように辺りを見回した。
「あぁ、この周辺に住んでる人間…少なくとも、この『月市に生活を支えられている人間』は、
中央銀行ってとこに住人登録する必要がある。
住人登録が済んだ奴は、IDが配られて、それが月市で物を売買したりするうえでの大前提となる、いわゆる身分証だ」
「はぁ……」
唯月が感心している間にも、水戸部はぐんぐん進んでいった。
途中、「おー水戸部!連れかい?」とか、「なに、息子?」などと話しかけられることがあったが、
水戸部が詳しく説明しないので唯月は軽く会釈するだけで通り過ぎた。
やがて、広場の隅っこに白いテントが張っているのを見つけると、水戸部は小走りになった。
テントの下では、スーツを着た若い男性が二人、事務テーブルを広げ座っている。
水戸部は迷わず、その二人に声をかけた。
「こいつ新入りなんだ。住人登録してやってくれ」
「かしこまりました」
男は一礼すると立ち上がり、テントの後ろに歩いて行った。
しばらくすると、若い男の代わりに初老のおじいちゃんが出てきた。
「うぃ?水戸のべっちゃんぢゃねぇげ。ガキんちょの登録さしに来たんだっべ?」
……水戸のべっちゃん…
と、唯月は心の中でつぶやいた。