ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 月の夜 -Moon Night- ( No.5 )
日時: 2011/10/02 02:31
名前: 海底2m (ID: aadvXTau)

Page.4 「綺麗事並べられる時代はとうに終わってんだよ」

意味不明な東北弁を話す老人は、名を山口蘭三郎といった。
「まぁ、嘘の名前じゃけんね」
「おいおい!」
控えめに…と自分に言い聞かせてきた唯月だったが、我を忘れて突っ込んでしまった。
水戸部は全く、何も気にしていない様子だ。
「ところでおまさんどっから来たんだっぺが?」
蘭三郎は唯月に問いかけた。
「いえ、あの、ちょっと北の方から……」
「お前さん、もうちょい詳しく説明したらどうだ?」
昼間も簡潔に述べていたせいか、水戸部は咎めるような目つきでこちらを見下ろした。
「あの、茨城なんですけど…東京はどんなのかな〜?と思って上ってきたんです」
「あんの太陽の下を足でぇ?」
蘭三郎は目を丸くした。唯月は静かに首を縦に振る。
「んで、名は?」
「あぁ、確か……」
水戸部はそこまで答えかけて、眉間にしわを寄せてふと上を見上げた。

「…名前なんつーんだ、おまえさん?」
「いや、今ですか!」
あわてて叫んだ口を閉じて名前を言う。
「あの、黒部唯月です。あ、唯月は樹木の方じゃなくて、「唯」に「月」って書くんです。
 変わってますよね?」
「いや、蘭じいの方が一枚上手だな」
水戸部が鑑定するように言うと、蘭三郎は歯がほとんどない口を大きく開けて笑った。
「んま、さっさとしちまうかいな。おまさん、どこに住むんだぇ?」
「うちにしてくれ」
応えかねてたところを、水戸部は唯月より先に口を開いた。
驚いて水戸部を見上げると、水戸部は仏頂面して、蘭三郎を見つめていた。

「はいよ。でぇ、職業は?」
職業?と首をかしげると、水戸部は苦い顔をして頭をかいた。
「そういう問題もあったわけか。いい、とりあえず保留にしてくれ」
「わっぱが決めんと狙われるけん、気ぃつけぃな」
蘭三郎は小さな紙切れに何かをメモしながら言った。
狙われる、というのはどういう意味か。唯月は再び首をかしげた。
水戸部は、唯月が話についていけてないのを察したのか、説明しだした。
「職業ってのは月市に登録してるやつがやってる仕事のことだ。
 肉を獲る奴とかその肉を売る奴とか、それを調理してチキンにする奴とか自分で勝手に決められる。
 だが、何もしないで食うだけ食って寝てると、狙われるんだ。
 つまり、『役立たずだから出てけ』ってことだ」
「なるほど…で、水戸部さんは何の?」
「俺?俺はだなぁ…

                殺し屋」
唯月はポカンと口をあけっぱなしだった。
「殺し屋っつーても、出てけいうてるのに出てかん愚か者がおるきんに。月市のるーるで強制排除ができるけん」
蘭三郎がふぇっふぇっと笑った。
『強制排除』という重苦しい単語は、蘭三郎のその朗らかな笑顔には全くマッチしない。
「どういう…」
唯月はとうとう感情がこらえられなくなった」

「っ、どういうつもりですか!
 職に就いてないからって、それだけで人の命を!?」
「落ち着け。今じゃ月市が生活の柱で月市が法なんだ。
 それに、餌だけ食ってる家畜はうちはいらないしな」
「家畜って……!」
唯月は唇をかみしめた。
「綺麗事並べられる時代はとうに終わってんだよ。五月蠅いからもう黙っとけ」
蘭三郎は何も言わない。