ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 人生ゲームはデスゲーム 【ただいま三章目】 ( No.21 )
- 日時: 2011/10/23 21:22
- 名前: No315 (ID: vBUPhhME)
「雨原君」
翔の様子を見ていた稔は、そっと声を掛ける。翔が顔を上げると稔は大体翔の心境を察しているのだろう。そっとため息をつく。
「別に雨原君が悪いわけじゃないよ。実際、雨原君が迅速に行動してくれたから早く病院に来れたじゃない」
「でも……」
翔は無表情な顔で稔から目を逸らす。
「いくら迅速だろうが結果は変わらなきゃ意味ないし、起きてしまったことは変えられません。俺がどれだけあそこで冷静になろうが紅架の身に変化なんてないんですよ」
「あら、前向きの君が言う台詞かな?」
それでも翔の表情は変わらず、ただ黙る。稔はそのことに気づいているが、あえて一方的に翔に話しかける。
「確かに、君がどんな行動をしようが起きたことは変わらない。起きてしまったことから逃げないのも正しい。でも君が悪くないのに必要以上に責任を抱えるのはどうかな?」
その言葉に翔は稔に視線を向けるが、いまだに黙ったままだ。翔だって責任を抱える必要がないと気づいている。しかし、どういうことかそれを降ろすことができない。否、自分が手放そうとしていない。心のどこかで自分が悪いと感じているのだろう。心のどこかでどうして自分でなく紅架が傷ついたのだろうと思っているのだろう。翔はどうしてもその思いを否定することができずに、かなり中途半端な感じで責任を背負っている状態だ。
そのことを稔に言うこともできずに、ただ一人でそのわけのわからない中途半端な責任を背負ってしまう。もう、自分がなにをするべきか、何かを償うべきか、それさえも分からない。
そう……
「……背負いたくて背負ってるわけじゃない」
無意識に翔は呟く。そしてすぐに声に出したことに気づきはっ、と稔を見る。当然、稔は全く聞き逃しておらず、少々目を見開いたがすぐに元に戻り、はぁ、とため息を吐いた。
「なるほどね、だいたい分かったわ」
稔は平然とした顔で言う。
「表面上はちゃんと自分は悪くないと『理解』しているけど、雨原君のその優しい心が勝手な罪悪感を生み出して、自分が悪いという『思い』が『理解』を包み込んでいるってところかしら」
「……そんな感じです」
翔はまだあまり理解していない様子で頷く。稔はそんなことお構いなしで続ける。
「別に、それは悪いことではないけど、今のように優しい心で生まれた罪悪感がその心自体を潰すっていうのはやめたら?紅架をそんなに思ってくれるのは嬉しいけど、紅架が目を覚ました時に今みたいな雨原君がいたら凄く落ち込むでしょうしね」
「じゃあ……どうすればいいんですか」
翔は無気力に呟く。いまだに自分の心を整理できていない。そんな翔はなにをすればいいのか全く分からない。確かに自分のせいで目覚めた紅架がまた傷つくのは嫌だが、今の状態からどうすればいいか分からないからなにもすることができない。
稔はそれを見ると少し微笑みながら平然と言う。
「いつもの雨原君でいいんじゃない?」
翔は目を見開く。たったそれだけのことだろうか?翔は稔にそんな視線を向ける。それに稔はやはり平然と答える。
「だから、紅架が目を覚ましたら、いつも通りの前向きな雨原翔が迎えてあげるだけでいいんじゃないかな。そしたら、ちょっと怪我がひどいけどいつもの二人に戻って一件落着。それでいいでしょ」
いつも通りの雨原翔。
そうだ。それだけでいい。簡単なことだ。紅架が目を覚ましたら、まず怪我の具合などおかまい無しに殴ってやらないとな。あんなに無茶したんだし。もしそれで記憶喪失になっても別に構うことではない。それが、いつもの雨原翔。そして、いつも通りの、俺達の日常に……
「確かにそうですね……ありがとうございます。とりあえず、いつも通りの俺として、目覚めた紅架をぶん殴ってやります」
「うん。どこからそんな思考が出てきたのかは知らないけど、元の雨原君に戻ってよかった。そういう切り替えのいい所が雨原君の長所だよね」
そこには、もう絶望に暮れた翔ではない。いつもの、前向きな雨原翔がいた。
「紅架、目覚めますかね」
「目覚めるでしょう。なんせあたしの息子の紅架よ」
稔は自信満々に言う。どこからそんな自信がでてきたのかは、何ヶ月か前、紅架の家に行った時の会話を思い出すと、容易に想像できるが今は言わないでおこう。
とりあえず、翔はその自信については触れず、少し真顔になって言う。
「でも、稔さん。不安なんですね」
「ん? どうして?」
翔の言葉に稔はキョトンとした顔で翔の顔を見る。
「もし紅架が帰ってこなかったらと思って、不安でいるんですね」
「何言い出すかと思えば、大丈夫よ、あたしはそんなに弱気じゃないって」
稔は笑いながら翔に言葉を返すが、翔は表情を崩さぬまま、稔の左腕を指差す。
「だって、左手、すごく震えてますから」
「あっ」
稔はしまった、という風に左腕を隠すがもう遅いと察したのか、少し俯き、呟く。
「……うん、実際不安なんだよね、あたしの息子だから、なんでも乗り越えられると思ってるけど、実は不安。いくら強気に振舞ってるあたしでも紅架がいなくなると思うと……胸が、痛い……怖い」
「稔さん……」
翔はこんな状態の稔にこの話を持ち出すのは気が引けるが、できるだけ早く覚悟を決めてもらわないといけない、と自分に言い聞かせる。自分勝手だとは思うがそれが正しいと決めたから、翔は稔に話す。
「よく聞いてください。俺はあの時、救急車が来るまでずっと紅架の様子を見ていたから分かりますけど、あそこまで怪我や出血をした状態でもう五時間は経っています。いくら応急処置をしたといってもあれじゃあ……」
「やめて」
唐突に稔に遮られた。稔は俯いたまま少し震え、少しずつ言葉を搾り出す。
「まだ……分からないよ……いくら意識不明だからって紅架は実際ここまで『まだ』生きてる……生きてるんだよ。なのに諦めるなんて……そんなの……親らしくないし、あたしらしくも……」
「稔さん」
翔はすこし語気を強めて稔を呼ぶ。
「確かに紅架はここまで頑張ってきました。確かに紅架は強いです。でもその強さはあんな怪我さえ耐えられる強さではなく、ここまで必死に生き延びた強さなんです。でもそれも限界なんですよ。もう許してあげてください、紅架を。そして、覚悟を……」
「篠崎さん。院長がお呼びです。奥へ」
突然受付の人が呼び出しをして、翔の言葉は中断される。紅架の父親や教師が立ち上がって奥に行くのを見て、稔も立ち上がり、
「いくら無理なことでも、最後まで足掻いてみたいじゃない……」
そう翔にしか聞こえないようなボリュームで呟きながら後に続いて行った。それを見、翔も後を追って歩きだす。
覚悟しなければならない。その行為が親友を見捨てるような行為に見えても。
それが、紅架にできる、最後の思いやりだからだ。