ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.1 )
日時: 2011/09/30 20:05
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: ybb2RaRu)
参照: 第一話 生い立ち Green Side




 その街は、小さいながらも活気に満ちあふれる、豊かで温かく、居心地の良さそうな街であった。街を歩く人々の顔には皆笑みが浮かんでいて、商店で売り子をしている女の人や道を駆ける子供たちも本当に楽しそうに、充実していた。

 たった一人の少年だけを除いて……

 その街の中で、ただ一人だけ重苦しい空気を放っている十二歳ぐらいの少年がいた。表面上は不審がられないように和やかな雰囲気を出していたが、それを薄皮一枚めくったところではそのような柔和な感情は持ち合わせていなかった。
 翡翠色の瞳を持ち、緑色の髪の毛に太陽の光を反射させて、彼は歩いていた。寝癖の一切付いていない整った髪同様にその顔立ちも端正なものだった。
 彼は、街の中心にある“アラウンド・バーン”と呼ばれる建物に向かっているところだった。親のいない彼にとってその施設は自分の生命を繋ぐために必要不可欠な存在であった。
 アラウンド・バーン、貧しいものにとって水道や電気と同程度に生きていくために大助かりのライフライン。そこには、作り過ぎてしまった作物などが集められる。他にも買いすぎて余ってしまった食材や、スーパーなどに置かれているもので、賞味期限等が切れかけのものもある。その日中に食べ切らないと腐ってしまう物のみが並べられ、持っていくのも置いていくのも自由。
 午前六時開門で九時に閉門。その間に食材の乗っている台の中心から裂けて台の上の食材は真下の焼却場に送られる。だからそこは焼却のすぐ傍、アラウンド・バーンと呼ばれている。燃やすための炎は本来火力発電用の炎で、無駄にエネルギーを消費して処理している訳では無い。最もあまりプラスにもならないが。そこで作られた電気は九割はある所に、一割は家々の電灯に使われる。
 そのような良心的な建物が作られた主な要因に、資本を求めて個人が対立しないように、国全体が社会主義として変わったことが上げられる。
 二十歳になった者は徴兵制の代わりに必ず働かなければならない権利が出された。確かに試験に落ちて仕事が無い場合もあるが、その場合は警察の生まれ変わりの組織に強制入団させられる。そこの者は独特な衣服を着て、武器を持つことを許された。
 彼らは武士と呼ばれた。
 街を一人で歩く緑色の髪の彼には武士とは関連性が無かったが。
 それにしてもさっきからずっと感じていることもあった。この街に来る前から予測はしていたのだが、この街はオーレンの一族が多く住んでいるようだ。
 今彼がいる街、ギュルムという街は、通称世界の台所。数百年前は最も人民が多く、最も文明の長い今の世界の模範の国の一つにもなった大きな国だった。太古からの因果からかは分からないがやはり食品系はここが最も盛んな街として有名だ。
 この世には七大家と呼ばれる七つの一族がある。その中のオーレンという一族は食品に関連する仕事に関してはプロとも呼べる程だった。それだから、世界の台所と称されるこの地域では一番多く住んでいるのがオーレン家なのだ。
 オーレン家の者の特徴はおおらかであること。そして髪の毛と瞳の色が地平線に沈む太陽のように、煌めくような美しいオレンジ色だということだ。
 だからこそ緑色の髪を輝かせる少年、カイル・ヴェルド・フォレスはかなり浮き立った存在だった。
 観光客ならばオーレンの者でなくとも至極当然のようなのだが、カイルは親がいないのかずっと一人ぼっちで歩いていた。



 カイルがたった一人になってしまってから、もうかれこれ五年の月日が経っていた。この始まりの日を、彼は忘れない。ふと目を覚ました時にいきなり普段いない父がいたかと思うと、白衣でいそいそとしているように見えた。ふと窓の外に目を向けると、まるで天空を統べるかのように、底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。
 次の瞬間に父は意味深な言葉を残してまた片付けを始めた。
 随分慌てているなと思いながらもう一度眠ることにした。なんだか体が重く感じられたからだった筈だ。時計を見ると、二時半ぴったりだったことを今でも覚えている。
 夢の中では、顔もしらない母親と一緒に歩いているカイル自身を見た。カイルは母親に会ったことが無かった。父と二人で暮らしていた。夢の中で父親も現れて、夢の中だというのに大はしゃぎした覚えがある。でも少し時間が経つと父親は徐々に黒ずみ、ガラスが割れるようにピシピシと音を響かせながら亀裂が入り、砕け散ってしまった。
 起きたのはまたしてもぴったりの、という訳ではなく、四時十三分を時計の針は示していた。
 縁起でも無い夢だと、幼い子供ながらに恐ろしく感じたあの感情が、未だに心に染み付いている。
 少しすると家の電話が鳴り始めた。街並みは中世でもテクノロジーは二十世紀後半並みにある。受話器の先には、知らない男性がいるのか、聞き馴れない声が耳に入ってきた。



 初め、その言葉は単なる音に聞こえた。信じたくない現実を突き付けられ、悪夢を勧告するその言葉を無理矢理音楽のようなものだと納得させたがった。



「パンドラ・ネロ・リンボル……あなたのお父上が……御亡くなりに…なられました……」

 受話器の向こう側にいる声も、震えていた。だからこそはっきりしたのだ、これは冗談でもどっきりでも、ましてやジョークでもなく、真実だということに。
 無意識の内に、受話器は地へと向かっていた……



 父が残した言葉、それに従って彼はその後の行動を始めた。
 葬式の直後にそれまで家で働いてくれていたブルエ家の、身辺の世話をするのが仕事の者に辞めてもらい、旅路に出られるように準備を始めた。

「俺に何かあったら呪泉境に向かえ」

 唯一残ったその言葉を信じて。
 カイルは知らなかった、そのブルエ家の者が、間もなくして死んだことに。
 その人も、カイルの父パンドラも遺体は黒ずんでいたという事も……

「すいません、ボール…」

 ふと足元に、何かがぶつかる感覚がした。ふと見てみるとサッカーボールが転がっていた。
 カイルはそれを拾い上げて無邪気に笑う幼い子に手渡した。
 するとその子は、ありがとう、とにっこり笑った。

「お兄ちゃんもサッカーする?」

 そう優しく訊いてくれたのだが、断ることにした。そのようなことをしたらどうなるか、今の彼は痛い程に知っていたから。

「しようよ!」

 その呼び掛けに、できるだけカイルは暖かい顔色で言葉を返した。

「待って、僕に関わると死んじゃう……」

 当然のことながら、これに対して幼い少年は怪訝そうな顔つきになった。それでもその直後には仕方ないかと割り切って、友達の方に戻っていった。
 その姿を一通り確認した後に、これで良い、と自分に納得させていた。



                 〈to be continued〉