ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.11 )
日時: 2011/11/07 22:05
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 91QMlNea)
参照: 第二話 出会い Red Side





 その少女は、最近悩みを抱えていた。今までも心の闇を払うことはできていなかったが、今回感じる悩みは新たなものだった。
 最近ずっと尾行されている気がしている。いや、もう犯人の面は拝んだ。だからこそ余計に悩んでいた。今までのものと比べると相当に微笑ましいのだから。
 追ってきているのは十歳にも満たないオーレン家の少年だったからだ。
 つい先日、違う街でチンピラに囲まれたところを助けてからというもの、ずっと付きまとわれていた。感謝のつもりか、違う理由か分からないが何だか変な感じがする。
 子供である以上武士達に言ったところで対応してくれる筈もない。結局は自分で何とかするしか方法が無いということなのだが、やはり自分にもあどけない幼子をなぶる趣味は無い。
 やはり話し合ってみるのが一番だろう、普通の人間にとっては。だがそれは彼女、レナ・レッディ・ローズにはできない相談だった。
 彼女は十二、三の頃に何かのきっかけで虹の呪いを受けた。時間にしておおよそ三十分、それだけの時間を自分と共に過ごした者を死に至らしめる呪い。
 大切な人を次々と殺していく反面、直接呪いを受けた者が死ぬことは無かった。
 愛する者、肉親、友人、全てを失ってもこの世に止まらされる絶対的な孤独。想像するだけで辛さが伝わりそうなそれを、彼女は五年間も耐えてきたのだ。
 ただしそれは、後を尾けているオーレンの幼子、スティーク・オーレン・サンセットも同じだと、彼女は知らない。

「アタシにどうしろって言うんだよ……」

 言葉をあまり知らない自分より遥かに幼い子供に三十分以内で納得させてどこかへ追いやる手段は思いつかなかった。
 彼女自身も日本語というものを深く理解していないからだ。分かりやすく説明できる訳が無い。

「でも、子供に手を出すのはなぁ……」

 よくガラの悪い非行少女だと思われがちだが、レッディ家に生まれ、レッディ家らしい道を歩んできたので武道の精神は深く心に居座っている。子供に手を上げるなどということはしたくない。正確には子供だけでなく、例外を除くほとんどの者だ。身にかかる火の粉を払う以外に力の使い道はない。

「さてと……生活費がまずいんだよなぁ……とりあえずアラウンド・バーン行くか」

 ポケットを確認してみてもわずか二枚のコインが金属音を奏でただけだった。例のオーレンの少年を助けた日の四十円、それがいつの間にか二円にまで減っていた。
 不本意ながらカツアゲしてくる奴がいないかな、と考えてみた。正当防衛の流れで勝手に向こうから金を置いて去ることもかなり頻繁に起こることだ。
 そんな要らぬ願いが天に通じたのか、鋭い目付きの、顔に切り傷の傷痕が何本も残ったブルエ家の中年男性が絡んできた。

「お嬢ちゃん……お金、少しは持ってんじゃないのぉ?」

 本当に来やがったなと、少し呆れる。しかし、都合が良いのだ、文句は言わずにこれまで通りやってやれば大丈夫だろう。
 世の中、たった一人で世界を渡り歩くなんて所業はそれなりに金を持っていないとそうそうできることではない。そのために、そのような人間と判断されるとそこいらの奴に絡まれる。
 まあ自分の場合はそんなことは無いのだがと苦笑する。そのうえで、今回はまあまあ珍しいかもしれないとも思った。
 この手の輩にはヴィオレッティの奴が多いのだが、今回は珍しくブルエ家の男だった。時折レッディやヴェルドが入り込むが、イーロやブルエは珍しい。その顔の傷痕から、堅気の者ではないと、即断する。
 家柄で性格の主な部分が入り込むケースは多々あるが、本来人格形成に家柄は関係無いだろうと常々レナは思っていた。旧時代でA型はどうこうB型ならそうとか言っていたようなものだ。それだけのはずなのにやはり家柄は個人の性格に根強く反映されていた。

「それが……二円しか無いんだ。それに、勝って得るものの無い勝負はしない主義なんでね」

 できる範囲で、威嚇の意味を込めて彼女は不敵に笑った。勝ちに確信のあるその男は受けて立ってやると、やはり不敵な笑みを作った。

「じゃあ、お前が負けたら俺たちの組織の末端として入ってもらうか」

 レナは一旦大股で後ろに下がり、じりじりと間合いを詰め寄っていく。間合いを調整しようとするレナに対してブルエの男は落ち着いてどっしりと構えている。
 まず始めに動いたのはレナ、爪先で力強く大地を踏みつけて宙に浮く。その瞬間に地を蹴った反対側の脚の膝を突き出した。
 その鋭い飛び膝蹴は、彼女の思いの外、両の手であっさり受け止められた。勢いを完全に殺された彼女が再び地上に降り立つと、ブルエの男の握りこぶしが眼前に迫っているのに気付く。
 一撃目が防がれた時とは対照的に一切動じることなく冷静に振る舞い、左腕の払いで横にずらす。相手が突き出した左腕が、右腕で殴ろうとする通路を邪魔して手が出せない。その作り出した隙をレナは突いた。
 がら空きになった横っ面に渾身の右フックをたたき込む。バキッと鈍い音がしたが、骨が砕けるような感覚は拳を通して伝わってこなかったのでそれは無いと、追撃を始める。
 右フックの勢いでそのまま体を反時計周りに回転する。丁度三分の二ぐらい回ったところでレナはまたしても宙空に飛び立った。慣性の法則で螺旋運動は続き、ついにその首筋に蹴が入る。
 うっと低く呻いて蹴られた部位を押さえて男は倒れこんだ。深めに蹴りこみ、爪先が後頭部に食い込むように足を入れたので脳が揺れて上手く起き上がれないようだ。

「勝負あったか?」
「あったと言わざるを……得ないだろう」

 悔しそうに顔を歪めてポケットに手を入れてガサゴソと中を漁るようにしている。

「二円しか無いならこれでも大金だろう」

 取り出されたお札には旧時代の偉人、“ヒグチイチヨウ”が描いてある。
 彼の言う通り、レナにとって五千円はかなりの大金だった。異常に物価の安い現代では食事抜きの宿泊料金は千円未満と相当なものだ。
 だがそれは逆に、その額は少なくとも五日暮らせるという、普通の人にとってもそれなりの額であるとも言える。

「こんなに……アンタ、生活大丈夫なのか?」

 これだけ受け取るとそっちの日常に支障が出ると、もう少し少なくて構わないとした。が、敗北した男は別に大丈夫だと手の平をかざして律した後に、ふらつく足で立ち上がった。

「こんなんばっかりしていると結構金が入るもんでな」

 ああ、そうと呆れるように苦笑したレナは礼を示すために会釈して、三十分経っていないことを確認して立ち去った。
 その様子も全て、スティークは見ていた。



                 <to be continued>