ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.12 )
- 日時: 2011/11/13 21:31
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: z9DnoDxA)
- 参照: 第二話 出会い Orange Side
「あの人が……仮面の人達が言っていた、僕の友達なのかな?」
あっさりと大の大人、それも男を力でねじ伏せたレッディ家の女性をその夕日のような橙色の瞳で眺めながら、オレンジ色の煌めく髪を風に揺らして、小さく少年は呟いた。
その、柱の陰に隠れて様子を伺う姿はストーカーに見えなくもなかった。もしもその少年がまだ幼く、たかだか八歳やそこらの少年でなかったらの話だが。
華麗な拳闘術でブルエの男性をねじ伏せたまだ二十歳にも届いていないほど若い彼女が誰なのか未だ彼は知らない。
でも、三歳の時から彼を育てた『仮面の人達』が言っていたことと、酷似していたのだ。そのレッディ家の女性は。
小さい身に付く、まだまだ未成熟の頭で彼、スティーク・オーレン・サンセットは思い出した。自分の育ての親の言葉を。
〈君には友達が六人できる。一人は紅い髪の颯爽とした女、一人は黄色い髪の柔和な女、一人は緑の髪の利発そうな男、一人は青い髪の気品ある女、一人は藍色の髪の堅気な男、一人は紫色の一見凶暴そうな男〉
「あの人、言われた通りの紅い髪の人にそっくりなんだよなぁー」
声をかけるかかけないか迷う彼は、心情とは対照的に呑気そうな声で呟いた。違っていた時に恥ずかしいというのもそうだが、違っていたら呪いのせいで死なせてしまうことが恐ろしかった。
そういう葛藤が彼をその場に縫い付けて動かそうとしなかった。
しかし、このような年頃から絶対的な孤独感を感じているスティークにとってこれは、ようやく人の暖かさに触れるチャンスだった。
そういう機会を逃したくない、引き返したくないという思いも、彼をここに留まらせる要因となっていた。
行くか行かないか、退くか退かないか、その選択肢が幼い頭の中でぐるぐると回っている。
どうしようかと頭を抱えて後退してしまった時に彼は武士と同じ着物を着た女性にぶつかってしまった。
その人は、武士が凶悪な犯罪に対抗するのと対照的に市民のために地元のパトロールや道案内などをこなす同心の人だった。旧時代ならば交番という場所で働くものだが、今は自宅から出ても良い。
「ボク、迷子になっちゃったのかな?」
優しい声音でスティークにそう訊いてきたのは、柔和な四十頃の、イーロ家の女性だった。普通の幼い子供に接するように、しゃがみこんで目線を合わせて、ボクと言ってスティークを指した。
精神年齢は年不相応に高かったため、そんな言い方でなくとも良いのにと、子供らしくムッとした。
「いや、オイラは迷子じゃなくて……その……」
発生している問題は二つだ。どのように誤魔化してこの同心を説得するかということ。正直に人を追っていると答えたら、何と怒られるか分からない上に、下手に答えるとやはり迷子扱いされて、連れていかれる。
そうなった時に発動する問題が、二つ目の問題、この同心に対して虹の呪いが発現することだ。ちょっと話をさせてと言われたらもうお終い、確実に三十分以上話すこととなり、この人は確実に死ぬ。
「お名前は?お父さんお母さんが何家か分かる?」
そんなに慌てるスティークを尻目に同心の女はべらべらと喋り続けて質問攻めにしてくる。
自分の思うように事が一つたりとも運ばず、焦りと苛立ちで我を忘れてしまったスティークは、あろうことか現実を全て曝け出した。
「名前はスティーク!スティーク・オーレン・サンセット!お父さんもお母さんもオーレン、でも……二人とも死んじゃったんだ!虹の、虹の呪いのせいで!」
声を荒げて、所々どもりながらも彼は言い切った。辛い過去を思い出した緊張感と大声で怒鳴った疲労とで、息が少し切れていた。肩も大きく動いている。
その様子を見ている女性は、初め茫然として、じっとスティークを見つめていた。この子供の言っている事のどこまでが本当なのか、判断に悩んでいるようだ。
ほんの数秒だけだが、僅かに吹く風の音すらも聞こえる沈黙が訪れる。何も聞く音は無いのに、感覚はどんどん鋭敏になり、少し離れた所で遊ぶ無邪気な少年少女の声が鮮明に耳に入る。その声に我を取り戻した同心はまたしてもスティークの説得に戻った。
「じゃあとりあえず、私の上司に話してあげるから……着いて来てくれる?」
優しい言葉を発したはずだが、その声は動揺で震えていたため、ほぼ強要するようなものになっていた。
それとは関係ないが、スティークは彼女に抵抗した。
「もう……もう十分経ったよ、後二十分。それでおばさんも死ぬんだよ!」
また、虹の呪いの被害者が出る。それはスティークにとって最も耐え難い苦痛だった。自分は、自分は死を撒き散らすために生まれてきた訳じゃないのに——。
「放…してっ!」
幼い体で必死で抵抗するも大人の力の前ではあっさりと押さえつけられる。
その時に、脇から、不意にスティークの味方が現れた。
「スティーク、こんな所で何やってんだよ。迷子になるなってあれほど言っただろ?」
助け船を出したのは、彼が追い掛けていたレッディ家の女性だった。騒ぎを聞きつけて助けようとしてくれたのかどうかは一概には決められないが、手を差し伸べてくれたのは確かだった。
「返事は?」
「あっ……う、うん!」
頭では理解したがまだ固まっているスティークにレッディの女が念を入れるように問い掛ける。動揺の残る声だったが、力強く彼は頷いた。
「失礼ですがあなたは……」
「施設の中の姉貴分みたいなもんさ。文句あるかい?」
さばさばとした口調で流れるように説得する。もうすでに施設に入っていると分かったからか、予想以上にあっさりと同心の女は引き下がった。
「そうでしたか……なら、その子はよろしくお願いします」
最後に軽く一礼だけして、そのイーロ家の同心は、安心して踵を反して去っていった。
解放されたと、ほっと息を吐いた時に、今度は助けてくれた人間が尋問を始めた。
「アンタ……虹の呪いって言ったよな?」
「えっ?」
「さっき確かにお前は虹の呪いって叫んだよな?」
「う、うん!」
「あたしだけじゃ、なかったのか」
私だけじゃなかった。何について自分だけじゃなかったかなんて、この文脈では虹の呪い以外考えられない。
ということはだ、この女性も虹の呪いを受けしものだ。
「やっと見つけた!」
「ハァ!?」
沸々と沸き上がる喜びを押さえ切れず、紅潮させた顔で叫んだ。いきなりの突飛な行動で、目の前の子供に対してレナは目を丸くした。
「あなたが、ネロの後継者の一人ですよね」
〈to be continued〉
レナがスティークの名前が分かった理由は勿論スティークが叫んだからです