ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.13 )
日時: 2011/11/20 21:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 01wfR6nM)
参照: 第二話 出会い Yellow Side




 雨の降り続ける街を抜けた先には、廃れた道が真っ直ぐ続いていた。整備という言葉を知らないかのように、地面はひび割れて鬱蒼と雑草が生い茂っている。
 道を歩く者は自分以外に一人も見受けられず、本当にこの道は誰からも必要とされていないかのように思えると、エールは少し陰鬱とした気分になった。目的を遂げ、忘れ去られたその道を悲しく思い、自分もこうなるのではないかと、恐ろしくなる。光を受けるとキラキラと金に近い色に輝く髪の毛は、曇り空の下で煌めきを失っていた。

「これ……一体どこに通じているのかしら?」

 そんな道を小一時間ほど歩きながら、エール・イーロ・サンフラウは呟いた。なんだか危ない方向に進んでいる気しかしなくてならない彼女は、やや不安げに振る舞っている。
 オロオロとしながらどうしようか決めあぐねていた時に、前の方から人が歩いてくるのを見つけた。服装と、一人でいることから察する限り、一目で浪人だろうと検討を付ける。袴を着て、髷を結い、赤の短刀と藍色の長刀、二本の剣を持つインディガの青年だ。年齢は雰囲気から察する限り二十歳程度だろう。そのように予想したエールは彼に声をかけた。

「すいません、この先には一体何があるのでしょうか?」
「…………知らないのか?」

 少し驚いたような表情を取り、何と返せば良いのか考えたのか、しばし沈黙する。かと思えばそのインディガの青年は口を開いた。この先にある世界的に有名な街を知らないのか、と。

「女子供が一人で行くような街ではない。貴殿にはあまり推奨できん」
「どういうことですか?この先には何という街が?」
「名前はない。世界一の犯罪の集落と言えば分かるか」

 そしてようやく彼女は察した。この先には危険な街があると。行く前にそれを教えてもらって良かったと彼女はほっと胸を下ろした。
 安堵したエールは別のことに気付いた。急いでいるのか知らないが、その青年は急いているように、そわそわしていた。早く進みたいのか、話を早く終わらせたいのか分からないが、あまり長居できないようだ。
 それは自分も同じだと、彼女は気を引き締める。心を許して際限なく話し続けると、この人は死ぬと自分に言い聞かせる。

「お知らせくださりありがとうございますね。ところで、御侍様はどういった用件で?」

 このようなやりとりは社交辞令で、当然のようにエールは問い掛けた。
 そんなもの、仕事に決まっているだろうと冷淡に返される。普通の者ならここで怒ったりムッとするものだが、エールはこれを気に障ることだとは思わなかった。
 単に心やさしいだけでなく、感受性の豊かな彼女は、人の隠してある感情を読み取ることが容易にできる。エールには、彼の胸中の深奥に救う哀しみに気付いていた。
 だが、そんなところに見ず知らずの者がズカズカと土足で踏み込むのは野暮なことだと、自分を抑えた。誰にも触れられたくない過去や思いがあるのだから。

「そうですか、ではありがとうございました」

 踵を返して立ち去ろうとした時に、少し勘に触れたのか少々奇妙そうな顔を浮かべてそのインディガの青年はエールに声をかけた。ゆっくりと彼女が振り替えると、見据えた先の男の瞳には怒りは浮かんでいなかった。
 呼び掛けていておいて何も言葉を発しない青年に苛立ちは覚えていなかった。その表情は、まるで大昔の異国の者が鏡を見たようだった。見ることのできるはずのない、自分によく似た虚像を見たような、そんな表情。

「どうか……しましたか?」
「いや、申し訳ないが特には……今のは忘れてもらえた方が助かる」

 どうやら、ふと無意識のうちに口から出たようだ。そんなこともあるものかと彼女は首を傾げた。不審げなその態度を見て悪く思ったのか、彼は一礼した。

「すまない、どうやら我に似ていたのでな」
「私が……あなたと?まっさか」

 エールは失礼だと思いながら楽しそうにクスクスと笑った。エールは彼が言っていることは真実とは思えなかった。大層強い浪人と一概の少女に接点も共通点などないのだから。それがとても可笑しくて、彼女は笑った。

「似てませんよ私なんか……人を助けるなんて……それどころか不幸に陥れることしか……」

 そう言った瞬間に気付く、しんみりとした話や顔を見せたのは失敗だったと。きっと不審に思って何があったのか訊いてくるだろうと。
 だが、予想に反してその空間には沈黙が走った。真空の世界に迷い込んだかのような心境。何事かと思って顔を上げたエールの瞳に、さらに驚きの色を強くしたインディガの男はいた。

「今、貴殿は何と……」

 何やら意に反して驚いているようだったが、そんなことは気にもせずに、強く風は吹いた。濃紺の髪を、黄色く沈む髪を。
 雲の間から、晴れた青が見え始めた。ようやく暗い黄色は、明るい黄金に輝いた、それでもまだまだ弱い光だが。
 気を抜いてしまったのが不味かった。特にエールは。背後にゆっくりと回り込んだ者の存在に気付かなかったせいで窮地に陥ることとなる。
 ただし皮肉にもその一時の恐怖はその先の自分の居場所を作ることとなる。
 ガサッと茂みから音がしたかと思うと、一人の無法者が飛び出してきた。髪の色から察するにオーレンの者のようだ。悲鳴を上げる間もなく、抵抗することすらできぬまま、エールは肩を掴まれて、喉元にナイフを押しつけられた。

「えっ、ナイフ!?わたっ、つかまっ……えぇ!!」

 慌てたエールが整わない日本語で叫ぶと後ろの奴は上手く事が運んでいる愉快そうに嗤う。

「そこの兄ちゃん。刀持ったあんただよ」
「我のことか?」
「そうさ。刀って高く売れるらしいな。ちょっとそこに置いて行ってもらおうか?」

 それまで動かなかった青年の眼に真剣な眼光が宿る。眉間に皺は寄り、目は吊り上がり殺気立ったオーラが放たれる。その気迫にたじろいだ無法者は冷や汗を浮かべた。速くなる動悸、感じる焦燥、戦場に赴いた兵士の感覚。

「それはできない。父の形見と……これは絶対に譲れない」
「そうかよ、人質いんだぞ!浪人なら困っている奴は助けろよ!あぁ!?」
「貴殿は金が欲しいのだろう?ならば現金をやるから早くその女子おなごを離せ」
「なんだ、話が分かるじゃねぇか」

 一旦は近づいたナイフがまた遠ざけられる。エールの中の緊張も溶けていく。その時に、エールは見つけた。ナイフを突き付けるその手が震えているのを。
 何やら事情があるようだとエールは感じた。そうでないとオーレンの人間がこんな緊張感を持って動くことは無い。

「あなた一体何をしたのですか?」

 やさしく、ゆっくりとエールは問い掛けた。胸中を見透かされて動揺したオーレンの者は叫ぶ。

「お前が知る必要は無い!」

 そして一つの悲しみと、希望に繋がる細い細い光が射し込む————。




                 〈to be continued〉

次回、一旦Green Sideを飛ばしてIndigo Sideです