ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.15 )
- 日時: 2011/12/01 12:46
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Rc3WawKG)
- 参照: 第二話 出会い Green Side
少年は、ずっと森を歩いていた。朝起きて、街を出てからずっと、休むことなく森の中を。サラサラと綺麗な音を立てて、木の葉は枝の上で踊り、その葉の間から漏れる光もつられて揺れる。ふとした拍子にその光が目に入ったので、緑の髪の少年は顔をしかめた。景色に溶け込むような髪も、風に当たって木の葉のように揺れる。たかだか十二、三頃のその少年はとても知的な雰囲気を放っていて、端正な顔立ちをしていた。
「落ち着く森だな……」
今朝までいたギュルムも良い所だったが、個人的にはこういう自然の中の方が遥かに落ち着いた。賑わう街並みも良いのだが、やはり豊かな緑の方が心が落ち着く。呼吸をすると雄大な生命の息吹きが口から入り込んでくるような気がする。
「それに街にいる人と違って、植物は呪いを受けないし……」
そうこう呟きながら歩いていくと、ついに森にも終わりが見えてきた。この先七百メートルで森と街との出入口と、看板に書かれていた。もうすぐ、また情報収集の数日間が始まると思うと、面倒臭さが押し寄せてくる。
それでも、その面倒なことでも、やり抜けばきっと報われると彼は信じている。かならず呪泉境を見つけて、そこでこの身に宿る忌々しい呪いを破る。その後に、普通の人らしく生きるのがせめてもの、唯一の彼の願い。
「さてと……そろそろ手掛かりが見えてきても良いんだけどな」
五年も探しているのに、今まで呪泉境を知っている人は誰一人いなかった。途中何度かカイルは挫けそうになったが、その度に首を横に振ってきた。父さんが呪泉境に向かえば良いと言ったんだ、間違っているはずも、嘘を吐いているはずも無いのだと。カイルの中ではパンドラは、英雄のような存在であり、どんな事にも判断や選択を間違ったことは無かったうえ、嘘を吐いたことも無かった。
「だから、絶対に探すんだ。必ず……」
どんな時でも気を強く持とうとできた理由はいくつかあった。一つは今述べたようにパンドラを信じているため。もう一つは、呪いから解放されたその先の未来はとても輝いた、美しいものになると思っているからだ。人間が人間である一番の理由である他者との繋がりを遮断された今、八歳までの日々がたまらなく綺麗に見える。呪いに侵される前の日々が……
この呪縛から解き放たれたとき、長らく封じられてきた人を愛することもできるようになる。人が好きで、他者との絆を持ちたいカイルにとってこの呪いは、言い表わせないほどに邪魔だった。その心を、半分閉ざしてしまうほどに。
「見えてきた……あれが次の目的地……」
カイルは旧時代の、古いながらも正しい地図を持っていた。そして、倭の国の中心である、旧日本国を拠点として、少しずつ虱潰しに探していた。小さなその島国に始まり、シベリアと呼ばれていた土地も乗り越えて来た。つい先日から中国という、シベリアには劣るがそれでも広大な土地に踏み込んだ。ギュルムとはその中国の今の姿なのだ。当時も今も、食の都というのは変わっていないらしい。
そして今向かっているのは、アバブ・オーシャン。海のすぐ近くに立地していて、誰かが「まるで海の上にいるようだ」と言ったことからそう名前が付いた。かなり発展した都市であり、数少ない二十一世紀以上の技術を備えている街でもある。ついでにここもギュルム同様に食文化が栄えている。
そんな時にふと思い出した。この街には自分の親戚の一人がいたのだと。お母さんのお母さんの従兄弟の人。オーレン家の人間で、年の割に若く見える初老の男性。庭師の仕事をしていたはずだ。もし会ったとしたならば、五年以上ぶりになるのだが。彼はお葬式に出席していなかった。そうでないとカイルと関わり、他の参列者同様に死んでいただろう。その事件の後に、皆を殺した原因となる我が身に宿る虹の呪いの存在に気付いた。
「あの人は、良い人だったからな……できれば巻き込みたくない」
そんなことを呟きながら歩いていると、とうとう森の入り口にまで到着した。ここからは、気を引き締めていかないといけないと、顔を強ばらせる。森の中でリラックスし、緩みきった彼の雰囲気は途端に凛々しくなった。
森を抜けるとそこには、大海を一望できる見事な眺望が、眼前一杯に広がっていた。標高が高めの所に出たようで、すぐそこには街へと続く長い長い階段があった。そんなことよりも彼はその目の前に広がる二つの青に目を奪われていた。生命の母たる蒼海、この世を絶えず変化させる天候の住みかである青空。それらの境界線は、遥か彼方の地平線。そしてその先には、生れ故郷の、かつて日本と呼ばれた島が浮かんでいるのだなと思い返した。
「……街に行こうか」
どれぐらいの間意識を持っていかれただろうか。体感的には相当に長く感じたが、流れる雲はほんの少ししか動いていないことからたかだか数秒だと予測する。はっと意識が戻った時には全身に悪寒が走ったような気がした。
「空……か。母さんが懐かしい……」
何年も、何年も昔、呪いを受けるよりもさらに昔に母親は言っていた。
「海が青いのは、空が青いからよ。空が青いから、その光を反射した海も青いの」
それを初めて聞いた時に、幼いながら疑問に思ったことを母に訊き返した。いや、幼かったからこそ訊けたのだろうか、何にせよ質問した覚えがある。その辺りにある空気は透明で色なんて付いていないと。
「それはね、空の上の方にはオゾンという空気があってね、そのオゾンが青い色をしているのよ」
カイルの父、パンドラも、母も両方がヴェルドのように科学者だった。ただし、パンドラは新しい物の探求。母は昔の人が残した書物から読み取ったことから、旧時代の優れた技術をサルベージしていたらしい。
「ところで、サルベージってどんな意味だったっけ?」
オゾンや海の青さの理由を覚えているのはただ単に興味があったからだ。興味があることはいくらでも知識を溜め込められるのだが、サルベージという言葉には自分の好きな科学にはあまりまつわらない単語なので、鮮明に記憶に残っていなかった。
「この街では、どんなことが起きるかな?」
哀しみか、手掛かりか。それとも仲間か——。
〈to be continued〉
次回ブルーサイドです