ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.16 )
- 日時: 2011/12/08 19:38
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: xOnerCAx)
- 参照: 第二話 出会い Blue Side
とある旅館の一室。そこには一人の少女がたった一人で宿泊していた。親がいるいないとか、金銭の有無などは全く気に掛けないようにして。ベッドから起き上がり、歩いている時の立ち振る舞いや、身に付ける高価な品の数々から、彼女が良家に生まれたのはすぐに察することができる。口を開けば丁寧と表現するより、その言葉遣いは子供にしては固すぎると注意されそうなものだが、話し相手がいないので関係ない。
あくまでも、今日まではの話だが。今日から彼女は昨日までとは違う暮らしになる。することに変化は無いのだが、行動するのが一人ではなくなる。
射し込んだ朝日が顔を照らす、その眩しさに彼女は穏やかに起こされた。昨日は眠りに就くのが遅かったために、寝覚めはいつもと比べるとまだ眠い。
だがそんなことは言っていられないと、眠たいと叫ぶ意思に鞭打って上体を起こした。途端に、それに眠気は掻き消され、朝の気持ち良さがすっと入ってきた。
カーテンの隙間から射し込む程度の陽射しを、カーテンを全開にして身体中に当てるととても気分が良かった。今日から新しい事が始まるのだと思うと、眠っている暇はない。すぐにベッドから降りて着替えを始める。家を出てからずっと愛用している車輪の付いた引いて動かす鞄から着替えを取り出した。
「ディアス・ヴィオレッティ・グーフォ……一体何者なのでしょうかね。あんなことをすでに知っているとは」
ハリエルは昨日現れた男のことを思い出していた。その昨日現れた男、ディアスこそが今日から行動を共にする相棒のようなもの。
昨夜起こった事をハリエルは思い返す。確か彼が、呪いを受けた者同士はお互いに呪いを受けるということは無い、そう告げた後のことだ。いきなり彼は共に動こうと提案した。
最初は迷った、共に行動するかどうか。自分が死ぬこともそうだが、これ以上死人を出すことも。誰であろうとも目の前で、それも自分のせいで死なせてしまうのは忍びない。だが彼は自分に呪いが効かないことを証明するために、ハリエルと一時間以上同じ空間にいた。
結果は言うまでもなく、こうしてハリエルがディアスのことを待っているのだから彼の言った事は真実だと分かっている。つまりはディアスの言うように、ディアス自身も呪いを受けし者。
ふと、木製の品が叩かれる軽やかな音がする。コツコツと、小さく聞き取りやすい音だ。支配人か板前か、ディアスかの三人のうちの一人だとすぐに察した。「はい」と短く返答しながら考える。ディアスはもっと乱暴そうな風貌だったのでまず無いな、とも思った。
「朝食のご用意が出来ましたよ」
やはりそうかと、少し得意げになる。支配人のイーロ家の女性が朝の食事を知らせてくれた様子だ。了承しましたと、了解の意を示す。ではお好きな時間にどうぞと、引き下がった。
そしてまずは着替えを完全に終わらせようと今日着る服に手を伸ばした。どれにしようかやや迷ったが、新しい門出なのだから、ブルエらしい青い服にしようと、キャリーバッグを開いた。畳まれたいくつもの服が目に入る。その中から一着、胸元に蝶の刺繍の入ったものを取り出す。透き通った海のような蒼、蝶の色は何かを含んでいるようだけれども、美しい紺碧。これに限らずこの鞄にある服は全て、母の選んでくれた……形見だ。
ハリエルはそれに、優しく、ゆっくりと袖を通した。絹だろうか、綿だろうか、それとも羊毛だろうか。素材は知らないが、とてもその生地は肌に触れるとサラサラと心地よかった。
「さて……着替えも済みましたし、朝食を取ることにしましょうか」
足音をあまり立てずに歩みだす。ドアに手を掛けて開けると、当然のことながら誰もいなかった。しかし、ディアスはどこに泊まっているのだろうかと考える。昨日はあの後にすぐ、「じゃあな」とだけ残して去って行った。
窓から旅館の入り口を眺めてみると、事実彼は旅館から出ていった。その時は夜も更けていたのですぐに床に就いた。まだ、たかだか十歳の少女なのだ、睡眠時間というものは必要だ。
階段を降りて食堂に着くと、言われた通りそこには朝食が置いてあった。トーストにサラダ、ソーセージやハム、そして飲み物という簡素なものだったが、下手に凝った作品が出てくると、大概不味かったりするので質素な方が当たり外れが無いので良かった。
そのような食事を軽く終わらせて、その日の出発の支度をするために自分の止まる部屋に戻った。ひとまず荷物を鞄の中に全てしまわないといけない。大して散乱している訳ではないのだが、ディアスがいつ来るか、彼自身が言わなかったので知った事ではない。早めに支度を終わらせておくに越したことは無い。
それで二階に戻った訳だが鞄から出ているものなどついさっきまで着ていた寝間着だけで、後はほとんどバッグの中に入っていた。時間を潰しがてら彼女はその中を整理し始めた。傘や服などの日用品、小切手代わりの身分証明書など色々入っている。身分証明書は何か金がいる時に店の者に見せると家から金が引き落とされる、旧時代で言うクレジットカードだ。
「あのお屋敷も、五年ぶりでしょうか……こんな幼いうちから、こんなにも時を早く感じるなんて……あまり良い事では無いでしょうね」
鞄の奥底、一際大切に管理されているやや黄ばんだ、古い小さな正方形の紙片を取り出した。そこには母と、その膝の上で笑う自分の姿があった。そして、写真の中に座る母に話し掛けるようにハリエルは呟いた。その瞳は少しだけ光が反射し、ぼやけているように見えた。
「ちゃんとお母様の言い付け通り……仲間と呼べそうな者が現われましたよ」
彼女の母は、やはり虹の呪いで死なせてしまっていた。それが自分のせいだと気付いた時にはとても、五歳の我が身には抱えきれないほどの……重すぎる何かが押し潰してきた。私がそんな呪いにかかったから……当時のハリエルはそれだけしか言わなかった。
彼女の母は色々な人から好かれる人間だった。家を出てどこかで働き始めてからは、なかなか家にいなかったが、帰ってきた時にはとびきりの笑顔を皆に見せてくれた。そんな人が自分が原因で……そう考えると胸が張り裂けそうで、涙が止まらなかった。
そんな彼女を救ったのは父親の懸命な説得と、母の残した言葉だった。父親は誰のせいでもないと必死で説いた。姉も一緒だったと思う。そして、母はハリエルに「いつか誰か……心を許せる人が何人か現れます。だから……生きてください。呪泉境に向かいなさい」と残した。
「さて……そろそろ時間のようですね」
窓から外を眺め続けている彼女はそう小さく呟いた後に、立ち上がった。鞄の中に全ての荷物があることを確認し、洋服の裾を軽くはたいた。目に見えるか見えないか程度の微細な糸くずが舞う。
ディアスが辿り着いたのを見届け、ハリエルは部屋を出た。今日が、新しい呪い探求の第一歩となる。
〈to be continued〉
こんだけ話数重ねて中身が薄いとは……
でも、そろそろ動き出します。次回はバイオレットサイドの話です。