ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.17 )
日時: 2011/12/14 22:51
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 2RWcUGdy)
参照: 第二話 出会い Violeto Side




「準備……できたみてぇだな」
「はい。勿論ですとも。昨晩からいくら時が経ったとお思いで?」
「勘違いすんなよ。心の、だ」

 乱暴な口調でディアスがハリエルにまず話し掛けた。その言葉遣いはやや刺があるが、声音には全くそのようなものは無かった。まるで兄が妹を眺めるかのような、恥ずかしがりながらも気に掛けるような暖かさがあった。元来の性格に暖かさがある者だとすぐに納得したハリエルは、なだめるように当然だと返答をした。
 だが、その回答はお門違いだとディアスは釘を刺す。あくまでも自分が訊いたのは気持ちの整理が付いたかどうかなのだと。そう言われてもたかだか身長百三十センチメートル程度の彼女は怯まずにさらに返す。

「そんなもの、とうの昔にできていますよ」

 この呪縛から解き放たれるための覚悟など、とうの昔の旅立つあの日に出来ている。今更そんなもの作り直す必要性が無い。どちらかと言うと今回よりも一人で旅立つことを決意したあの日の方がよほど勇気が要った。頼れる者がいなくなる淋しさと恐怖に打ち勝った時、何処にでも行けて何でもできるような気分になった。
 元々負けず嫌いで根性の座った娘だとディアスは聞いていたが、これは相当なものだとクスクスと笑った。その笑い方に少しハリエルはムッとする。

「何が可笑しいと言うのですか?」
「いや、少しな……てかお前全然子供らしくないな」
「大きなお世話です」

 そんな事は昔から言われ続けていると補足した後にハリエルは溜息を吐いた。だが、それもディアスには貫禄のある四十代に突入していそうな人間のものに見えた。より一層彼の笑う声は大きくなる。苛々しながら睨み付けるハリエルの姿を見て、ようやく彼はその笑いを止めた。

「悪ぃな。そろそろ行くとするか?」
「そうですね。じゃあ次は誰を仲間に?」
「そうだな。まずは年少組を保護しないとと思っていたからやはりスティークか」
「どのような少年で?」

 ハリエルが次の目的を訊くと、彼はスティークという少年を探すと答えた。昨日ディアスはまずは呪泉境に向かう前に七人全員を集めると言い切った。
 そこからスティークについての説明が始まった。スティーク・オーレン・サンセット、名前通りオーレン家の少年である。親が料理人であったため、自らもその道に進もうとしていたために、八歳ながら大人顔負けの実力を持っている。食の都の一つ“ギュルム”で生まれ育ったため知らぬ食材はほとんど無い。
 そして今言った通り食べ物に関しては確かに天才的なのだが。語尾を濁らせてディアスはそう呟く。何か問題があるのかとハリエルは疑問符を浮かべた。

「性格が俺らには考えられないほどマイペースなんだ」
「それだけですか? その程度別に気に掛ける程の事とは思えませんが……」
「会えば分かるだろ。ま、俺も親父から聞いただけなんだけどな」

 どういう事を父親から聞かされたのかは知らないが、あまり良くは無かったのだろう。ディアスの表情は明らかに引きつっている。まあ、今は聞かない方が賢明だろうとハリエルは問い詰めるのを控えた。その代わりに次に自分たちの向かう目的地について訪ねてみることにした。

「その……スティークを探すのは良いのですが、どこに向かうおつもりで?」
「アバブ・オーシャンだ」

 アバブ・オーシャン、元々中国と呼ばれていた国の中でも特に栄えていた街。旧時代の名前は上海シャンハイだ。現在では世界有数の大都市であり、海にも近く景色が綺麗なことから、皆が一度は訪れたいと思う場所だ。
 なぜそこに向かおうとするのか。その理由はかなり簡単だ。そこに目的の存在がいる可能性が高い、ただそれだけの話なのだ。スティークが旅を始めて、ギュルムを出たのはつい先日である、との事だ。それならばまだギュルムに一番近い都市を回っているところだろう。そのような予想を立て、一番確実性が高いのはアバブ・オーシャンだとなった訳だ。
 この予想はあながち間違ってはいなかった。ハリエルは世界地図を頭の中に少し思い浮かべた。ギュルムからシューチェという、昔はシェンチェンと呼ばれた街を通ると目的地に辿り着く。ハリエル自身よりも幼い少年がそこに着くのとこんな所にいる自分たちが其処に着くのはほぼ同タイミングだと考えられる。
 現在二人が位置しているのは倭の国の中心となる旧日本の四国と名乗っていた地方だ。

「行く手段は勿論、鉄道でよろしいですね?」
「そうして欲しいとこだな。じゃねぇと間に合わねぇだろうし」
「分かりました。では駅へと向かいましょう」

 文明の廃れたこの時代、遠くまで旅行するための足は大概蒸気機関車か大型船に限られる。内陸部を移動するなら鉄道を利用するのが最も早い。ただし相当の距離を移動する場合、かかる代金は尋常ではない。一番最初に会ったのがハリエルで助かった。そのようにディアスは感じた。そのお陰で二人目を迎えに行く手間と時間が幾分か節約された。
 そのような事を必死でディアスは考えていた。そう思い込もうとしていた。決して、最初にハリエルとスティークを迎えようとしているのは良心からではないと。ただ単に自分が利用してやるだけだと。もし本当に自分が幼い子供たちを救うために動いていると思うと、自分が良い人に見えてならない。所詮、我が身に宿る呪いを解くために仲間を集めているだけ。そのせいで自分が偽善者に見えてしまい、素直に自分と共に他人をも救いたいという本心が隠れてしまったいた。
 だがディアスは子供を勘違いしていた。黙っていれば心情なんて伝わらないとでも思っているらしいが、そんな事は決して無い。子供という者は敏感で、無意識に目の前の者の胸中の思いを悟ってしまうものなのだ。ディアスの中には必ず優しさがある。そう思っていない限りハリエルは着いて行こうとしないだろう。元々貴族で、初見の人を中々信用しないハリエルが共に進むことを認めたのだから、ディアスとはやはり信用に足る存在という訳だ。

「何していらっしゃるのでしょうか? 早く行きますよ」
「ん? ああ、そうだな。目的地はアバブ・オーシャンで良いな?」
「そうですね。さっきの流れはきっと間違ってないでしょうから其処でよろしいのでは?」
「さてと、どんな所か分かるか?」
「勿論ですよ。と言うよりも、当然、でしょうか?」
「やけに自信があるな」

 得意げに笑みを作って、その自信の源が分からず怪訝そうにしているディアスに理由を突き付けてやる。

「貴族が一員、ハリエル・ブルエ・オーシャンズ、生まれも育ちも、いつしか帰る家も全て、アバブ・オーシャンですとも」



                 〈to be continued〉