ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.19 )
- 日時: 2011/12/26 18:35
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: QxOw9.Zd)
- 参照: 第三話 遭遇 Green Side
「着いたと……思ったんだけどなぁ……」
赤々と燃える夕日を背に浴びながら、カイルは溜め息を吐いて残念そうに呟いた。正午前に、目的地である街に辿り着いたかと思ったが、実は違っていた。確かにアバブ・オーシャンなら見えた。だがそれは、ギュルムから森を抜けた先から見ることができただけで、まだまだ歩かないといけなかった。それもそうかと彼は嘆く。本来ギュルムとアバブ・オーシャンの間にはシューチェなどの二、三の街がある。それらを一気に飛ばして向かおうとしたのだが、元々二、三の街を経由すると言うならばそれなりに距離があるということ。
という理由で内心カイルはとても焦っていた。日が暮れたら野宿するしか術が無くなるのだが、今歩いている道には階段しか無い。こんな所でどうやって寝ろと言うのだろうか、そういう訳で一日程度徹夜してでも良いと言わんばかりにややハイペースで歩いていた。
階段を下るのは楽だけど……、現実に階段を下りながらカイルは母親の言葉を思い出す。
「階段を下るのは楽だけど、疲れっていうのは登ってる時より下る時の方が溜まるのよ。だから、楽なんだけど次の日に筋肉痛になりやすいのよ」
そう、昔の文献に書いてあったらしい。はっきり言って当時のカイルはこの言葉を疑った。だが昔の技術や知識は今よりも進んでいる。ならば言っていることはきっと正しいだろうと思い込んだ。そして実際に旅を始めてから実感した。
とりあえずは数少ない持ち物の一つの、寝袋が安心して置けるスペースが必要だった。カイルの所持品は寝袋、父の写真、財布とその中身、工具箱その他少量の雑貨だった。
五年も野宿していたらそろそろ慣れてくる。地面に寝袋を敷いて寝ることにはもう抵抗は無い。ただし道など人の邪魔になるところでは眠れる訳が無い。治安が悪いところはとことん悪いからだ。道端で寝て、見知らぬ者に貴重品を強奪されないとも限らない。
ふと、日が沈んでいく方向を見つめると自らが旅立ったギュルムがあった。その後に反対側を見ると、アバブ・オーシャンが目に入る。やはりまだまだ遠い所にアバブ・オーシャンの姿が見えた。数少ない持ち物の一つの地図を取り出す。
「うーん……やっぱり地図で見るより時間かかるかな?」
旧時代の地図の見方を知っている者ならば、上海、今のアバブ・オーシャンから測るにシェンチェン、つまりはシューチェより遠いギュルムとの距離の長さは分かるだろう。日本ならば軽く都道府県の二、三は越えることができる。
実は彼の中には思い過ごしがある。さっき日の沈む反対側にあるのはアバブ・オーシャンと書いたが、それはカイルの思い込みであり、実際にはシューチェである。細部の描かれていない世界地図でそれを判断するのは、確かに不可能に近いが、これはかなり致命的なミスだった。ついでに補足すると、実はパンドラの遺品の中には凄い物があった。
いついかなる時でも、どの種類のものでも、世界中の鉄道に無料で乗れるパス。これでシベリアというギュルムから離れた所から一気に到着したのである。
「どこかに駅があったら良いんだけど……」
世界中に張り巡らされている鉄道は一種類ではない。国と国を繋ぐタイプ、一国の中を大まかに進むもの、さらにその内部を網目のように細部まで行き届いている種類。旧ロシア……シベリアから旧中国まで来たのは、大国間鉄道と呼ばれるタイプで、今探しているのはローカル線。
「本当に……どこまで行けば良いんだろ?」
延々と続く階段は終わりが見えてこず、ただひたすらに可視範囲の限界まで続いている。うっすらと暗くなってきていて、見える範囲が余計狭められていることを加味しても、これは尋常ではない。どうにかならないものかと考えている時に、視界に今までとは少し違う変化が訪れた。
階段を登ってくる数人の集団が見えたのだ。十分程度で去れば死なせずに済むので、とりあえずは手短に質問をしようとその人たちの方へとカイルは歩きだした。向こうがこちらに向かって来ていることもあり、見る間に距離は詰められていく。近づき、話し掛けられる間合いに入り、声をかけようとしたその時に、彼は口をつぐんだ。先に彼らが、カイルに対して質問したからだ。
「おい……レナ・レッディ・ローズという女を知らないか?」
「知ら……ないけど?」
「ならば、スティーク・オーレン・サンセットならばどうだ?」
「だから知らないって」
「エール・イーロ・サンフラウは?」
「知らない。それに知ってたらどうするの?」
質問続きでうんざりとしたカイルは逆に問う。そんな事訊いてどうしようとしているのかさっぱり読み取れないからだ。探し人にしては少々数が多いことは否めない。何か大きめの理由があるだろうと予想できる。実際その目的は大きめのものだった。しかも、カイルの想像以上に。
「邪魔だから殺さないといけないのだ」
「えっ……」
「おい紫村、冗談が過ぎるぞ」
唐突の殺気満々のコメントにカイルは驚きの色を隠しきれなかった。そのために間の抜けた反応がこぼれた。それにフォローを入れるように集団の中の別の男が声を荒げた。いや、荒げるというよりかは焦って上ずらせたと表現すべきだろうか。どうやら子供相手に言って良い冗談ではないと諭しているのではなく、不用意な発言に対するお叱りのようだった。僅かながら怒気も含んでいる。
「まあ、こいつ嘘を吐いている雰囲気はなかったからな。放っておいても良かろう」
「そうか、まあ紫村が言うなら構わないが……」
この少しの会話に、カイルは気付いた。もしかしたらこの紫村という男は、人が嘘を吐いているかどうかが分かるのだと。おそらくは長年の勘だろう。
「ところで少年、後四人……と言いたいが一人だけ最後に訊かせてもらう」
「最後……なら良いけど」
「パンドラという男について、だ」
少々短いですがここで次回に続きます
次回はオレンジサイドです