ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.2 )
- 日時: 2011/10/01 22:22
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9nW7JjDH)
- 参照: 第一話 生い立ち Red Side
その街は大きく、都会と形容するのが最も適しているような光と人で生め尽くされた明るく騒々しい街だった。道を歩く人々は皆忙しそうな様子で、行動一つ一つがきびきびとしていた。世界が中世に染まっている中で数少ない二十一世紀頃の街並み、都会ぶりを残している。そこには何もせずに立ち止まっている人間はいなかった。
ただ一人だけの少女を除いて……
その都会の中でただ一人だけ忙しそうな様子を見せずにただ重苦しい雰囲気を放っている少女がいた。
深紅のサラシを腹、胸、背中、腰、言い換えるならば肩と腕以外の上半身全体に巻いて下着代わりにした上に、一枚の大きめの真っ赤なコートを羽織っていた。下には丈夫そうなジーンズを履いている。
ショートカットの、燃えるような紅色の髪の毛を夜風になびかせて、血のように真っ赤な瞳で街灯の下に立ってその街の流れをただ見ていた。
その赤い瞳を持つ眼は、何やら好戦的な光を放っていて、心なしか眼の端が吊り上がっていた。普通の人間には、そのかなりの威圧感から声をかける勇気すら湧かないだろう。
多少我が強い女として見たら、彼女は綺麗な方だった。実際彼女は十六歳という実年齢に対して、随分と大人びて見える容姿だった。ただその分、深紅の瞳は対峙する者にかなりの威圧感を与えていて、結局プラスマイナスゼロだった。
ポケットに手を突っ込み、中に入っている小銭を探る。たった三枚だけの硬貨が綺麗なチャラッとした音を奏でる。忙しい割りにはこの街は、静かだ。取り出してみると銅製の硬貨が三枚出てきた。やはり今の世の中は日本寄りでその金銭には十円と示されていた。
三日程前に違う街でカツアゲをしてきた若い男の衆を一蹴、すると金を勝手に出してこれで見逃せと言ってきた。
どこまでも無様だと思いながら、それをひったくるように取り、踵を返した。もうすでに話し掛けられてから二十分が経過していたからだ。ヴェルド家の者がレッディ家に腕力で歯向かうことが馬鹿らしく思えた。
ヴェルド家の一族、それは昔から賢い一族で、その家の者はほとんどが科学者や発明家を目指している。ヴェルド家の者は、生まれながらにして発明に関する才がある。それこそ他の七大家を圧倒するように。
それに対してレッディ家の特徴は、好戦的で実に肉体戦が得意だ。そんなことからレッディ家の者はボディーガードのような役職に就く場合が多い。
その血筋が出ているのか、彼女、レナ・レッディ・ローズも喧嘩は大の得意だった。小さい頃に護身術として習った武道であっという間に彼女は街一番にまで上り詰めた。レッディ家の集まる場所だったので、お互いに錬磨しようという者が多く、あの日までは本当に理想的な生活だった。
友達との武道の練習が終わり、昼になってお腹が空いた五年前の、十一歳のレナは走って家に帰っていた。久々に、遠くで働いている父さんが家に戻ってくると、前の日に母さんから聞いていたのだ。
そんなことを聞かされていた、お父さんっ子のレナはその日の練習に打ち込めていなかった。いつもと違う彼女に違和感を感じた友人は、そういうことなら帰ってもいい、と優しく接してくれた。
あまりにも浮かれて、鼻歌を歌ってまで帰路に着いている中で、空を見上げた時にゾッとしたのを今でも覚えている。
まるで天空を統べるかのように、底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。それの中でも、緑色が一際強く輝いていた。
その一瞬にして心の底に巣食った恐怖を、染み付いた恐怖を彼女はまだ覚えていた。当時の彼女はそれを振り払う方法が分からず、ただがむしゃらに走り続けてそれを打ち消そうとしたが、五年経った今でも心のどこかに巣食っているようだった。
家に着いたのはそのおよそ一分後の四時十四分。しかし父さんが帰ってくるのは五時頃だと聞いていたため、ほんの少し寝ていなさいと母さんに言われた。寝過ごしたらどうしようかと考えたが、どうせ起こしてくれるだろうと確認もせずに、布団の上に横になった。
目が覚めたのは、夕方の五時半ちょっと過ぎだった。しまった、ともう少しで口からこぼれるところだった。せっかく父さんが帰ってくるというのに寝過ごしてしまった自分にも、起こしてくれなかった母さんにも苛立った。
この不満をぶつけてやろうと、居間の方に歩いていこうとする時に、ふと今度こそ確認を入れようと玄関まで駆けた。そこにはちゃんと、男物の靴が脱いで置いてあった。
多少の苛立ちや憂鬱は一気に吹き飛んで、晴れやかな気分になった。
が…
「キャアアアアアッ!!」
突然、奥の部屋から母さんの叫び声が空気をつんざくように耳に入ってきた。
何が起きたのか分からずに、ゾッとしたレナは慌てて声のした方向に向かった。悪いことは起こらないでいて欲しい、必死でそう願いながら。
皿が割れたとか、そのような類であって欲しいと心の底から願い続けた。だがそのような悲鳴では無いということはどこかしらで見当を付けていた。
一秒毎に、一歩近づくたびに母さんの懸命な叫びも切実に聞こえてくる。目を背けたいような事実が、言葉として耳を通して頭に入ってきた。
「ちょっと…これってどういうこと!…ねぇ…待って……ゴー…ドン…?ゴードン!!」
母さんがすがりつくようにして父さんの名前を呼んでいるのが聞こえる。
そしてレナは、部屋の中の様子を、地獄を見た。
そこには、母さんが蹲るようにしてしゃがみこんでいた。両の腕には人型の黒い何かがのしかかっている。服装ですぐに分かった、父さんだ——と。
レナはそれが信じられずその場に涙を流さずに、泣き崩れるようにしてへたりこんだ。なぜ?なんで父さんが?疑問は次々と現れて留まるところを知らず、レナを哀しみという感情に立ち会わせようとしなかった。
それだけではない、母さんの方にも目を向けると、その皮膚は怪しい紫色をしていた。
急いで母さんの元に駆け寄り、どういうことかと訊いた。思い返すと、かなりの剣幕だったと思う。動転していたレナはそのようなこと考えず、ただ母さんに詰め寄り、問いただした。
すると、欲しい答えは返ってこずに、妙な言葉が返ってきた。
「お父さんからの…伝言よ……呪泉境に…向かい……なさい…」
その声はさっき叫んだ時とは打って変わってとても弱々しかった。
その様子に、ただレナは母さんの名を呼び続けた。たとえその目蓋が、二度と開かなくても。
過去のことを思い浮かべると、いつでも哀しくなってくる。
かといって、忘れたくは無かった。父も母も大好きだったから。
忘れないように父さんがいつもしていたように、赤いコートを来て、母さんのようにサラシを巻いている。
視界の端に、オレンジの髪の少年が目に入った。
するといきなりガラの悪そうな二人組が襲うように取り囲んだ。
世の中には、困った者がいるな、と溜息を吐いて正義感の強い彼女は歩きだした。
〈to be continued〉