ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.20 )
- 日時: 2012/01/10 21:57
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: syXU4e13)
- 参照: 第三話 遭遇 Orange Side
「アバブ・オーシャン?」
「そうだ。ここの近く……ってか隣街の大都市って言ったらやっぱしそこだろ」
「へぇ……あっ、聞いたことあるよ。そこって確か倭の国の中心とも近いよね」
「そこまで近くねぇけどな」
旧中国は韓国と比べると大して日本と呼ばれた地域には近くない。全体的に見ると欧州よりかは遥かに近いが、それでも気軽に訪れられるような距離ではないことは確かだ。数百、場合によっては千キロはあるだろうから船だとゆっくり行ったら一週間はかかる。
「でも、地図だったらこんなに近いよ」
地図なら近い、そんなの当たり前だろうとレナは呆れた。地図というのは実際の土地を小さくしたものを書き写しているのだから。大方、地方地図と同じ縮尺で世界地図を眺めているのだろう。地方地図は各街や地域に配られる政府の作った地図で、細部まで書かれている代わりに、狭い範囲しか映らない。
世界地図の縮尺をまず確かめようとする。横の長さは大体四十センチメートルぐらいと記されているので、一億分の一だ。ほとんどの街の地方地図はと言うと二万五千や五万だ。縮尺の基準をそこにするならさぞ日本とここは近いだろうなと黙りこんだ。
「まあ、良しとするか。こっからだと隣街みたいなもんだから三日も歩けば着くんじゃねぇの」
まだ八歳の子供にそんな事をダラダラと説明しても理解してくれるか怪しいので、もうそこについては触れずに、次の目的地に向かう意識をはっきりとさせた。すると子供らしからぬ、いやどちらかと言うと子供らしくちゃんと頷いた。それも、これ以上なく力強く。
呪いを解きたいという意志には年齢なんて関係ない、誰だってそのためならば普段以上の力が発揮できるのだろう。歳端もいかない少年も思春期真っ盛りの自分も同じ思いを同じくらい強く抱いている。
それにしても……。レナは考え始めた。今、自分以外に呪いにかかった者を一人見つけた。だとすると、まだ他にもいるのではないか、そのような予測もできる。虹の七色がもしもレッディとオーレンだけでなく、イーロやヴェルド、ブルエ、インディガとヴィオレッティを指しているとしたら。そう考えると少なくとも後五人は少なくとも虹の呪いに侵されているのだろう。
多くの者の生命を脅かすそんな物を撒き散らした者たちの気持ちはどんなものだったか訊いてみたい。喜んだか、悲しんだか、狂喜に破顔したか。何のために作ったのか? 富か名声か金か異性か。少なくとも、正義のためではないとレナは思った。
「ねぇ……あのさぁ……」
「ん? どうした?」
考え事をしているレナにスティークは語り掛けた。小声でおずおずとしているので何か頼みごとがあるのかと身構えた。すると予想以上に些細な事で、聞いた時に思わず笑ってしまった。
「初対面のいきなりで悪いんだけど……レナって読んで良い?」
こんなにも行儀が良く、可愛らしく子供らしい子供に会ったのはきっと初めてだ。自分の生まれ育った故郷にはレッディの者しかいなかった。武道に生涯を捧げる一族ばかりだ。たとえ年上の大先輩であろうとも当然のように、気さくに呼び捨てにする。その上、その里が壊滅してから会った奴らは金や体目当てのゴロツキばかり。世の中にはこんな仰々しく敬意を払う奴がいるとは思っていなかった。
笑った理由が全く察することができないスティークは首を傾げる。そのように分からない事を訊こうとしても気まずくて押し黙ってしまう姿の人を見るのも初めてだった。結構レッディ家とは馴れ馴れしいのだと、他の人たちと比べて初めて知った。
「よっしゃ、ぐずぐず言うのは一旦止めて、出発すっか」
物怖じする幼い少年に有無を言わせず、レナは歩き出した。急な事だったが、置いて行かれたら困ると思ったスティークは小走りで追い付く。先ほどの疑念はこれで一気に吹き飛んだ。別にレナがクスクスと笑った理由を知らなかっただけではこの先の運命なんて変わらない。意識の淵でそう考えていたので、この事については綺麗さっぱり、跡形も無く忘れてしまった。実際これの既知か無知かで、行く末が変わるような変動は無かった。
それよりもレナは移動手段や経路をスティークと共に考え始めた。まあ、船だと時間がかかりすぎる上に鉄道は高いのでやはり徒歩に限るのだが、どのような道を通るのかが問題となる。一番良いのは街道を進むことだが、それだとかなり大回りになる。獣道を進む場合、短いが疲れる上に迷ったら大変だ。小さい子を連れるならば街道の方がよっぽど安全だ。それならばもう、時間をかけてでも楽な道を取ろう。
ただ時間をかけて行く場合別の問題が発生する。確かに手元に五千円あるから三日程度は生き延びれるだろう。街道は無料の休憩場所として寝場所が整備されている。だからそこに関しては大丈夫なのだが問題は食料だ。三日分一遍に買っても既製品は腐りやすい上に、材料を持って行っても調理する自信は無い。長持ちする不味い非常食を三日もスティークに口にさせ続けるのも酷だ。
普段は危ないとか関係なく、一日のうちにそういう街と街の間の道を抜けようと短い方の道を通っていた。だから大してそういう心配は無かったのだ。
「ったく……アタシにどうしろって言うんだよ」
「ん? 何か悪い事でも起こったの?」
「えっ、ああ。いや、実はな……」
そして食料的な問題が起きることをレナはスティークに説明した。自分が考えたことを全く変えずにそのままで。だが、その心配は完全に杞憂で終わることになるとは思ってもいなかった。と言うより、侮っていた。幼いとはいえスティークは立派なオーレン家の人間、それならば料理は得意なのだろう。これまでの彼が旅の道中で食べてきたのは全て、自分の作ったものだった。
「そうか、じゃあ適当にアラウンド・バーンで野菜とか貰って行きゃあ良い訳だな」
「どうやって持って行くの?」
「このカバンに詰める」
中身が空っぽであまりにもぺしゃんこだからコートとさらしの間、要するに見えない所で背負っていたリュックサックを取り出した。なかなか容積の大きいもののようで、結構な量が入りそうだった。ちなみに休憩場所には食堂は無いが、給湯室と銘打ったとても簡素な、普通の家のキッチンのような調理空間がある。
これで障害は全て無くなった。これでもう引っ掛かるような問題は無いと確認したレナはスティークに行くぞと告げた。了解の意味を込めて頷くその様子を見ている彼女はもうとっくに忘れていた。後五人、呪われた者がいる可能性に。
〈to be continued〉
次回グリーンサイド