ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.21 )
- 日時: 2012/01/21 22:19
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: jxbxTUdV)
- 参照: 第三話 遭遇 Green Side
「パンドラ・ネロ・リンボルという男を知っているか?」
「えっ……」
唐突に、今まで会ったことの無い七人組から父親の名前が出てきてカイルはたじろいだ。なぜ自分の父の事を訊きたいかが分からないからだ。さっき言っていたレナとかスティークとかいう名前の時、殺すは流石に冗談だと笑ったがその声は真に迫っていた。きっと、いや確実に殺意を持っているだろう。
本当にその二人を殺すつもりだとしても、今パンドラの名前が出てきたのは俯に落ちなかった。なぜならパンドラはもうすでに死んでいるからだ。殺意どうこうの話でなくて、見ず知らずの誰かが父の事を知っていて、尚且つ追い求めていることが不可思議で、奇妙で、恐ろしいと感じた。
もしかしたらこの人たちはパンドラの研究結果が知りたいのかもしれない。たまに帰ってくるだけだったが、その時に何度か言っていた。“絶対に俺の事は誰にも言わない方が良い”、と。そうでないと思わぬ面倒に巻き込まれたり、反感を買うかもしれないと。どんな面倒なのかなぜ反感を買うのかは一切教えてもらえなかった。それでも声音から伝わってきた真剣さから、それは事実だと分かった。
そしてその二つの中でも今回は思いもよらない面倒事の方だろう。少なくとも反感を買うような雰囲気ではないが相当不味そうだ。父がパンドラだと名言した時には、確実に自分の死期は近づく。十三歳の、まだまだ経験の浅い知識と記憶から推測する。だが、だからと言って嘘を吐く訳にもいかない。かくなる上は嘘を吐かずに済む言い回しを考えないといけない。
「聞こえなかったのか? パンドラ・ネロ・リンボルという男を知らないか?」
「ま、待って! 今考え中だから」
カイルが心の中で、自分自身に現状を言い聞かせている間に、数十秒は過ぎていた。反応が全く無いことから何事かと感じ取った目の前の一団はカイルに呼び掛けた。それに対してカイルは、今は考えている途中だと言い放った。
「考え中ってことは思い出してんのか、なるほどなるほど」
先ほど紫村と呼ばれた男がカイルの狙い通りに意味を受け取ってくれてまずは一息吐いた。そして思いついた、回避できそうな解答を。
「知り合いにそんな人はいないよ」
ただしこの言い方は自分にきちんと納得させないといけない。知り合いとは大して面識は無いがとりあえず知っているレベル、それに対してパンドラは家族。二つが交わることは無いのだとしっかり暗示させる。そうでもしないと紫村にばれてしまう。
「考えても思いつかなかったか……なら仕方ないな」
「しゃあね、行くとすっかね。紅、帰るぞ」
「That's all right(了解)」
一人あらぬ方向を向いていた女はカイルを見た。その目はとても深く沈んでいて、本当に生きているか訊いてみたいぐらいだった。しかし、次の瞬間に気付いた。他の者も同じだということに。何百年も永く生きて淀んでしまったかのような汚い黒をしている。
「紅、日本語分かるならそうしてくれ。英語は面倒だ」
「しょうがないわね」
紅という女は深すぎる溜め息を吐いて、何かを見せ付けるようにして肩を落とした。要するに英語が使いたいとアピールしているようだと察した紫村は嘆息し、やはり英語で良いと、諦めて許可した。
これで終わりかと、ようやくカイルが安心した時に目の前の今まで黙っていた女性がカイルに話し掛けた。
「そっちからは何も訊かないのね」
「えっ、あ……っ、えっ…………」
「妙な質問ばっかりだって思っているでしょう? なのにずっと何も訊かずに黙っている」
「いや、僕だって先急いでるし……」
へぇ……そう、と含み笑いをしながら呟いた後にその女性は踵を反した。何やら全てを悟られてしまった気がした。その人の着る服には荒々しい海の刺繍が背中側一面に入っていた。
彼女が戻ったところ、仲間の皆は相談をしていた。次はどこに行ったら呪われた者達が見つかるか。こんな時代に一人旅なんてしている少年を見て怪しいと思ったので先ほどの子供に声をかけたが、見事にその予想は玉砕した。本当は合っていたというのに。
ただし一人だけカイルが怪しいと睨んでいた。なぜなら、知り合いにパンドラ・ネロ・リンボルがいないならば、パンドラはともかく“ネロ”の段階ですぐにいるかいないか悟ることができるはず。ネロという名前はありえないのだ。それを知らないにしては少し歳を取りすぎている。
だとすると、やはりあの少年はパンドラの息子、カイル・ヴェルド・フォレスだろうという結論に達した。まだカイル・ヴェルド・フォレスについての質問はしていない。相手がヴェルドならそこまで訊いておくべきだったと、紫村に舌打ちした。
だがそれにしても、頭の回転の早い小僧だと彼女は笑った。今まであんな奴には会ったことがない。今まで会った頭の切れる奴は皆、しゃがれた老父や四十は越えた連中だった。二十歳に達してもいないのにあそこまで賢いのは中々いない。きっとさっきの子供はパンドラは家族、知り合いではないと言い聞かせた。そして暗示がかかってから答えたのだ。前の会話で紫村が嘘を暴けると察した上での行動だろう。
実に面白い、この永きに渡る中でも相当上位の愉しさだ。沸々と面白さが心の底からせり上がってくる。
——————勝ちの目しか無い勝負はつまらないな。
瞬間、彼を生かすか否か考査するも生かしておくことにした。勝負や試合は負けるリスクが無いと盛り上がらない。自分たちがプランニングした余興〈ゲーム〉だって、どうせなら楽しくないと。
それにどのみちあの小さな少年に阻害されるようなものならば実現の見込みは無い。パンドラの息子、そう聞いたら手強そうだが十三歳の少年と考えたら取るに足らない。よって障害のサンプルの一つ程度の認識で良いだろう。
「青海、何をしてるんだ、早く来いよ」
「美緑は黙ってて」
一人ぼうっとしながら足を止めっぱなしの女を見て、翡翠色のブレスレットを付けた男は声を掛けた。黙っていろとバッサリと切り捨てられて美緑は黙り込む。こういう事は慣れているようで表情一つ変えるつもりはないらしい。分かっているなら大丈夫だろうと、踵を返して先へと向かう。
「また会いましょう、カイルくん」
夕陽の向こう、強い光にかき消されるような場所にいるカイルの姿は、もうすでに見えてはいなかった。
〈to be continued〉