ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.23 )
- 日時: 2012/03/04 14:59
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: ksYmVYP2)
- 参照: 第三話 遭遇 Blue&Violet Side
「オーシャンズ家ってアバブ・オーシャンに本家があんのか?」
「えぇ、知りませんでしたか? アバブ・オーシャンを統治する貴族がオーシャンズです」
「……そういう事か。なら納得だな」
「納得してくれたようで有難い事です。では鉄道の方に向かいましょうか」
ハリエルがディアスに実家の由来を説明し終わった辺りで歩き始めた。十やそこらの少女が青年の前に立ち、得意げにしているそのようすはとても珍しい光景に思われる。だがそれもほんの一瞬だけの話、ほとんどの者はすぐさま気取る。ハリエルからは上流階級の人間の雰囲気が漂っているのだ。それに対してディアスは一般人、召使やボディーガードの類に思われても仕方ない。
サラサラとなびく青いポニーテールの少女とくしゃくしゃの、妖艶な紫色の髪の青年。煌びやかなお嬢様の後ろに控えるは不良のような若者、どう見ても二人組にしてはミスマッチ。本来なら交わりそうにない二人、彼らはとある共通点がある。
二人とも、虹の呪いを受けた者、という事だ。
五年前のとある日、彼らの目に映ったのは黒ずんだ虹だった。そしてその日から彼らは呪われた身となった。その呪いとは、自らと関わった者を死滅させるものだ。その死に様が虹をイメージさせるので、虹の呪い。
その呪いのせいで二人とも両親を失ってしまった。ただしハリエルの場合は、両親こそ死んだが数人の使用人は生き残っている。自分が死を撒き散らしていると気付いた時、彼女は書き置きを残して故郷を去った。だが、書き置きを見つけた従者が追ってきてこう言った。旦那様、つまりはハリエルの父親から言伝があると。
十分で話は終わると言われたハリエルはその話を聞き始めた。それによると呪泉境に向かえば良いという事、そしてもう一つ。貴族の特権を使わせてもらえることだ。
オーシャンズ家を始めとする貴族には、街中で生きるにしても他の者より便利な制度がある。我が家が融資をしているグループの店では家紋を見せることで無料でサービスを受けられる。オーシャンズ家から金を貰っている旅館などはオーシャンズ家には宿泊費を請求できないのだ。
オーシャンズ家の家紋は身体のどこかに刺青を入れられる。ハリエルはそれが手にある。荒々しい海をモデルとした青のタトゥー。
鉄道とて例外ではない。五大貴族の一つがオーシャンズ家、五大貴族は全て鉄道企業に融資をしている。
「ハリエル、とりあえず席の質よりも早く着くことを主としたもので頼む」
「構いませんよ、お安い御用でございます」
「次期当主だったのに敬語とか使うんだな」
「誰が相手でも礼儀正しくと言われたものでして。ただし怪しい人は別ですがね」
「初対面の俺は怪しかったのかよ……」
ハリエルに聞こえないように、ディアスはボソボソと呟く。中身までは聞こえなくて、何と言ったか気になったハリエルはディアスを問いただすも、彼は答えなかった。
まあそれはそれ、これはこれと、気にするだけ無駄と判断したハリエルは早歩きになる。そうでもしないとディアスが先に行くと思っているのだろうが、ディアスとしては分かっている事を伝えたいのであまり好ましくなかった。
「虹の呪いについてはもう知らねぇけど……呪泉境のヒントならあるんだよな……」
呪泉境、それがどこにあるのかはまだはっきりとはしていない。ただ一つだけ出ているヒントは『伊』という文字だ。これは旧時代から見てもかなり古い時代、平仮名の代わりとして使われていたものだ。名を万葉仮名、『伊』は『い』や『イ』を表している。
ディアスは、このようなヒントをもう何人かが持っていて、繋ぎ合わせたら何か分かると推測していた。その内の一文字がこれなのだろうと。しかしまだハリエルには訊いていなかった、同じようなものを知らないか、と。
「とにかくネロの後継者を全部集めないと……」
父親の持っていた資料の中身を思い出す。半分神話のような存在として君臨している裏一家、自らを不死と語る“永遠の旅団”。アルコバレーノ・ネロ以外に存在する呪い。
それにしても本当に恐ろしい技術が旧時代にはあったようだと、ディアスは身震いした。中でも凄まじいのは現在を作る要因となった核兵器。最終的には小島一つ容易く吹き飛ばせるほどの威力に到達したらしい。
「カイルの正体にテロメアに、呪泉境の在処……一体何から調べたら良いんだよ」
空を見上げてそこにいる人間に問うも誰も答えてくれない。年寄りは引退、浮き世は浮き世で勝手にしなさいと、押しつけられているように感じる。先導する少女に察せられることのないように溜め息を吐く。
今のところの経過は順調、その筈だが少しばかり先行きに不安がある。
ただし一番の年長は自分なのだ、自分が動揺してどうするのだと落ち着ける。しかも今は行動を共にしているのは八個も年下の女子だ。不安にさせる訳にはいかない。
「そーいやお前、アバブ・オーシャン行ったら家族と会うんじゃね? 良いのか?」
「ええ、確かにそうなる可能性もありましょうが、あそこは相当広大な都市です」
「言い方から察するに会う確率は低いと?」
「そうなるかと予測ができます」
流石は世界一の大都市だと洩らしながらディアスは頷く。しかし、もしもそうであれば問題だ。今ハリエルが言ったこと、それは、裏を返せば自分たちが他のネロの後継者を捜すのも困難であるという事。
だとするとかなり急いで行かない限り、自分たちが捜し当てる前に旅立たれたならば、他の面子を捜すのは困難になる。カイルやサムエルなどにとっても調査に時間のかかる大都市だが、それ以上にディアス達の方がハードルが高い。
カイル達はただ単に、虹の呪いという、漠然としたものを知っているか問うだけ。それに対して、たった数人の連中を何百万や何千万の民から捜し当てないといけない。しかも時間の制限を決めるのは他ならぬ調査対象の一人一人。
妙案が思い浮かばずに頭を抱えるディアスに、極めて冷静な声でハリエルは話し掛けた。
「何、人捜しなんてすぐに終わりますよ」
「あぁ? そいつは一体どういう事だ?」
「要はやり方です。こちらの推論では彼らは呪いを解こうとしている。解きたいのです。だから情報を探している————」
そんな中で、我々はそれについて熟知しているとビラでも撒いたらどうしますか? 私ならば飛び付くと推測します。ついでに面々の名前を記入しておけばより一層来やすくなるでしょう。確かに怪しいと感じましょうが、それ以上に気になる。これを逃すといつ情報を手に入れられるか分からないのですから。
「……お前本当に十歳か?」
「オーシャンズ家を嘗めないでください。その嫡子には家を継ぐ義務と使命があるのです。あらゆる事に長けていないといけない。その内の一つに兵法や心理学があった、それだけです」
それはそれで感嘆に値すると、ディアスは呆れて舌を巻いた。やはり幼くてもオーシャンズ家の一員、侮れないと一人納得していた。
〈to be continued〉