ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.3 )
- 日時: 2011/10/02 19:24
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9nW7JjDH)
- 参照: 第一話 生い立ち Orange Side
その街は大きく、都会と形容するのが最も適しているような光と人で生め尽くされた明るく騒々しい街だった。道を歩く人々は皆忙しそうな様子で、行動一つ一つがきびきびとしていた。世界が中世に染まっている中で数少ない二十一世紀頃の街並み、都会ぶりを残している。そこには何も考えずに歩いている人間はいなかった。
ただ一人だけの少年を除いて……
その都会の中でただ一人だけおっとりとした様子を見せて、それなのに重苦しい雰囲気を放っている少年がいた。
その髪の毛と瞳の色は地平線に沈みゆく、煌めきを上げる太陽のような大層美しい色合いで、眺めるだけで落ち着くようにも思われる。その特徴に連れられるようにして、その表情も柔和なものだった。心の中には重苦しさを抱えているというのに。
そこで彼は溜息を吐いた。小学校低学年ぐらいに見える身長と、おっとりとした顔つきには似つかわしくない行動だった。実際彼は八歳で、世間一般ならばそのように疲れたような素振りを見せる年では無かった。
ならばなぜ彼、スティーク・オーレン・サンセットはこのようにしているのだろうか。
彼はふと、五年前に自分に何が起きたかの回想を始めた。
スティークは、世界の台所と呼ばれるギュルムという街で生まれた。そこには多くのオーレンの一族が住まい、その特徴である料理が得意ということもあり、食べ物が美味しいことで有名な街だった。
コックである母親に憧れて自分も将来そのようになりたいと思っていた。休日になると必ず彼は、アラウンド・バーンまで出向いて食材を調達して個人的に練習していた。
そんなある日、いきなり呪泉境という父の働いている所から、普段は家にいない父が家に帰ってきた。
当時三歳のスティークにとって父親との初めての出会いだった。自分が物心つく前に、リンボルという者にスカウトを受けたか何かで一歳にも満たない息子を置いて家を出た。
そこから二年以上経って初めての帰宅。ゆえにスティークとしては初対面だったという訳だ。
医者だったのだろうか、いきなり彼は注射器を持って左腕を見せるように強要した。
それほど注射が恐くなかったスティークは自分の勇敢さを誇示するように、堂々とその腕を差し出した。 針が皮膚を破り、肉を避けて堀り進む、鋭くて軽い痛みが走る。その刺激にほんの少しだけ顔を歪めて耐えきる。ものの数秒で細い針はスティークの二の腕から引き抜かれた。
これと言った変化は感じられなかった。だが、空を見たときに相当な緊張感を刻まれたのを覚えている。
まるで天空を統べるかのように、底知れぬような漆黒の虹がかかっていた。その中でも特に、緑色と赤色が強く強く輝いていた。
時計を見ると、大体五時を過ぎたぐらいだった。
その後のことははっきり言って覚えていない。三歳にして毎週毎週料理の練習をしたのは覚えている。
そこから三年の記憶が飛んでいる。ただ、二年前に仮面の人達からいきなり、もう一人でも生きられるだろうと、世に放り出された。
幸い、アラウンド・バーンのお陰で今まで命を繋いできた。
だが、その中で幾度地獄を見てきただろうか。自分に関わった者はことごとく死んでいくのだ。
ようやく察した、自分に虹の呪いがかかってしまったと。なぜ虹だと分かったかというと、単純な話で、あの死に様を見たら黒き虹の呪いだと思ってしまうからだ。
仮面の人たちが誰かは分からない。まがまがしいような気もするし、三年も育ててくれたのだから善い人だろうと主張する自分もいる。
そんなことは実際、どうでも良かった。両親がどうなっているのか、それが一番気になった。どうせ、死んでしまったのだろうが、事実不詳という僅かに希望に似たものをちらつかせられているようで、それが嫌だった。
そうこう考えていると人生つまらないぞ。母親の口癖をふと思い出した。
唯一覚えている言葉であり、唯一名言に近い言葉だったはずだ。この言葉からも多少察せられる通り、いい加減な人間であった覚えがある。それに関しては自分もあまり人のことは言えないのだが。
視界の端から、チャラそうな若い男の二人が歩いてくるのが見えた。自分には関係無いだろうと目を逸らしたら、いきなり前後に回り込まれて挟まれた。
なぜこのようなことになるのか分からないと慌てたくなったが、それを超える動揺が彼の身を襲った。早くしないと…早くしないとこの人達も死んでしまう。
どうしたら良いか分からずに心の中で、外側に出さぬように慌てふためいていたらいきなり二人のうちの一人が話し掛けてきた。
「そこのガキ、一人でこんなところで何してんだ?」
「お兄さんたち、お金に困ってるんだよね〜」
またこのパターンかと、彼は疲弊しきった声で溜息を洩らした。こんなことは何度もあった、そして何度も感じた。カバン一つ持っていない八歳児が金なんて持っているか、と。しかもこんなことをするのは毎度毎度、狂暴で毒々しげな紫色の髪と瞳のヴィオレッティ家の連中だ。
かといって幼いスティークに対処の手立ては無く、長いものに巻かれるしか術は無かった。
そう思っていた現状は一瞬にして消え失せた。
深い深い紅のスニーカーが後ろにいる方の男の不意を突いて後頭部に叩き込まれた。ドッという重くも軽くもなく、嫌な音でも快い音でもなく、人を蹴るという音がした。慣れているのか、絶妙の力加減で軽い脳震盪を起こさせ、意識を闇に沈めた。その女性の髪が、サラサラと流れるように空になびく。
現われたのは、十五、六のレッディ家の女性。特徴的なファッションだ。
下着の代わりに肩と腕以外の上半身にサラシを巻いて、その上に深紅のコートを来ていた。
その圧倒的で、常人離れした強さに恐れをなしたもう一人は倒れた一人を抱えて一目散に逃げ出した。
「ありがとうございます、お姉さん、でも…」
「止めときな。アタシに関わったら死んじまうぞ」
そう言い残して、颯爽とどこかに行ってしまった。
この言葉に自分を重ね合わせたスティークは迷うことなく駆け出した。彼女を追って……
なぜなら彼も言おうとしたからだ——。
『待って、オイラに関わると死んじゃうよ』と。
あの人に着いて行けば目的無い自分の放浪に意義が見つかるかもしれない。
彼は訊かされていなかった。呪泉境の存在を。
だから彼には生きる意味が無かった。いつ死んでも良いと思っているほどだった。
だがいざ死のうかと身構えると急に覚悟はガラガラと音を為して崩れ落ちる。八歳の少年に死という谷に飛び込む勇気はある訳が無かった。
そんな中で現れた希望の光が、自分と同じ境遇にいるかもしれない人間の存在だ。
ただ単に危ない生活を送っていて、巻き込まれて死んでしまうとかいう意味かもしれないなどとは片時も、微塵も考えなかった。
夜風を裂くようにして走る紅の女性、そしてそれを追う橙色の幼き少年。二つの影は、都会を走り抜けていった。
〈to be continued〉