ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.4 )
- 日時: 2011/10/06 21:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Q9sui1jr)
- 参照: 第一話 生い立ち Yellow Side
その街は治安が良いながらも、どんよりと曇った街だった。止まぬ雨が降ることから、永遠雨の街〈エターナル・レイニー〉と呼ばれている。本当に雨が止まぬ訳ではないのだが、一年のほとんどが雨季であり、乾季以外はパラパラと落ちてくる小雨やふわふわと舞い降りる霧雨が道を歩く者の服をじっとりと湿らせていく。
道行く者は皆傘を手に持ち、雨に対し浮かれもせずに、嫌いもせずにただ日常の出来事として無感情に歩いていた。この街はそれほど寒くなく、というよりもそれなりに温暖な地域に属していたので、気温としては丁度良い土地だった。
道行く者の傘は、各々の家々の色を特徴にした傘なので、道路は上から見ると虹の七色に彩られていた。そう、この街の本当の名前は、虹の街〈レインボー・タウン〉。
雨の中歩く人々に、鬱蒼とした表情を浮かべている者、雨を嫌がる者は誰もいなかった。
たった一人の少女を除いて……
彼女は、唯一この街にいる者の中で雨を毛嫌いしていた。それもそうだ、この街には降水に慣れ切った住民しかいない。このような天候の街に観光客は訪れようとしない。
そのような街なのになぜ彼女、エール・イーロ・サンフラウは訪れようとしたのだろうか。
簡単な理由だ、この街の名前はレインボー・タウンであり、虹に執着のあるエールにとってここは調査に値したのだから。実際この街は彼女のお望みの答えは無く、そのことが彼女を陰鬱にしていた。
雨露の中で咲き誇る向日葵のように、黄金に誇張する綺麗な、黄色くサラサラと揺れる髪の毛。同じように黄色く美しい瞳。そういう人間が暗い顔を浮かべるのは珍しいことだった。
イーロ家の人間は前述の通り、髪と瞳の色が美しく、いつまでも眺めていたいほどの黄色である。そして、とても温厚な性格で滅多に憤ったり、苦渋そうな表情を浮かべたりはしない。見せない訳ではなく、そもそもそのような負の感情を考えない。慈悲深く、他人の事を第一に考えられる。
そんな性格の一族がそのような表情を浮かべるなど、並々ならぬことだった。しかもそれは例外的な個性、言うなれば元来彼女の中にある物が原因ではなくて外界から受けたことからだということが、より一層稀有に仕立てあげていた。
そうなってしまっても仕方ないということである。虹の呪いを受けてしまっては。
虹の呪い、それは五年前のとある日に彼女が授かってしまった負の遺産。自分が他人と一定時間関わりを持つと、次第にその者に呪いを浴びせて死をもたらしてしまう。その一定の時間は三十分前後だと予測は出来ている。そして死なせた者は最終的に真っ黒に、冥俯に魅入られてしまったかのように、染められる。
八歳から今まで自分は七人もの人間に死を撒き散らしてきた。何度罪悪感に駆られて絶望し、自殺を考えただろうか。でもその度に心の奥底に潜む弱い自分が邪魔をしていた。いざ思い立ってもすぐに取り消してしまっていた。たった一筋の希望の光のせいで。
普通の人間に戻る、要するに呪いを解くことができる可能性を秘めている場所である唯一の場所、呪泉境に彼女は向かっていた。しかし、どこにそれがあるか分からずに世界を放浪しているというのが現状だった。一応、この生まれ変わった世の中“倭の国”の一番の基となったかつて日本と呼ばれた土地に出向いたが収穫が無く、現在は東南アジアであった場所に留まっていた。ここでの散策は大体数ヶ月程度しかまだしていない。四年近く旧日本を彷徨っていたのだ、まだその程度しか散策は無い。
はっきり言うと、ここに手掛かりは無いと直感が告げていた。とりあえず虹の関連していそうなこの街を最後に見に来たのだ。
エールは父親のことを思い出した。何処かで何かを研究していると母から一度だけ聞いたことがある。確か一緒に働いていた人は、髪を染めているのか、ありえないような漆黒だった。
いきなり父が帰ってきたかと思うと、すぐさま凄まじい睡魔が体を襲い、目を覚ましたときには看病していたであろう父と母の残骸があった。
自分が眠っていたのは四十分程度。その間に一体何が起こったのだろうか、それは今でも分からない。一つだけ心のどこかに引っ掛かっているのは、窓の外には、まるで天空を統べるように底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。その中でも一際目立って紅、橙、翠が輝いていた。かと思ったその次の瞬間にじっくりと浮き出てくるように黄色も現れた。それはまるでイーロ家の人が、誰か虹に選ばれ、囚われたように彼女の目には映った。
事実その日から彼女は呪いに侵された。自分と関わった人間が虹に蝕まれる、極めて残酷な。
「あっ…」
いきなり隣を歩いていた若い、二十代前半ぐらいの女性がバスケットを落とした。中からは梨や林檎といった果物が飛び跳ねていく。それを起こした女性は、確かに慌てているのだが、それでも動きがノロノロとしていて多少の人間なら苛立ちを覚える程だ。
その人の髪は日の出を思わせるようなオレンジ色だった。オーレン家はおっとりした性格だからなぁ、とゆっくり溜息を吐いた。その人の元へとエールは駆け寄った。
ここで彼女を見過ごすことは自らの意思に反する。二十分程度で片付ければ呪いもかからないだろう。落ちて、自分の元に転がってきた果物を拾い上げる。橙色で粒のように色々角張っているようにザラザラした果皮から察するに温州蜜柑の類だろう。
「すみません、ありがとうございます……」
心底助かったような笑顔で目の前のオーレン家の彼女は笑いかけてきた。そう、イーロ家の人間はこの、人の喜んだ笑顔だけが善行の原動力となっている。そのはずなのだが、エールにとっては今は早く拾い上げることに意識を注いでいた。呪いにかけないように。今の彼女の原動力は呪いから解放されて、平和の下でたくさんの人と暮らせるようにすること。
黙々と拾い続けるエールに返事をして欲しかったのか、そのオーレンの人間は少し動揺のような感情を抱えていた。元々人との繋がりが濃い人なのだろうとエールはすぐさま察して言葉を返してやった。ここはやはりイーロ家の者だと言うべきところだ。
「大丈夫ですか?」
短いながらも思いやりのある言葉に目の前の女性はほっと胸を下ろした。そうして、エールに対して言葉をさらに返す。
「すいません、生まれつき鈍臭いもので……」
そんなことは気にしなくても良いんですよと、にっこりと微笑んで言葉を返しながら最後の果実を手渡した。それもあなたらしさの一つなのだからと付け加えて。それを聞くとたちまちその頬が朱に染まった。そんな風に褒められたのが初めてなのか、対応に困っている。それに耐えかねてオレンジ色の髪の女性は呼び掛けた。
「あの、何かお礼でも…」
そう言いかけたのを遮ってエールは語った。
「ごめんなさい……それ以上私に関わると死んでしまう」
そう伝えられた彼女は目を丸くした。言っている事の意味が分からないと。
だが、引き止めるより先にその姿は消えていた。
〈to be continued〉