ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.6 )
日時: 2011/10/22 19:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: PIT.hrJ/)
参照: 第一話 生い立ち Indigo Side



 その街は、お世辞にも良い街とは決して言えなかった。街を吹き抜ける風には埃が浮かび、むせ返しそうになる汚い空気が支配していた。そんな汚い街にまっとうな人間が集まってくる訳が無かった。というよりも、集まった無法者に追い出されてしまったと形容するのが正しいか。事実、そこにいるのはおおよそ正義とは呼べない輩だけだった。

 たった一人の青年を除いて。

 ここには平気で拳銃の類や危ない薬が横行する、平和とはかけ離れた街である。住んでいるのは一般人ではない。世を追われる職に就いた者がこぞってここに住もうとする。こんなに治安の悪い街には政府の役人だって来たくないだろうからだ。
 だが、腕の立つ浪人にとってはここは賞金稼ぎの絶好のポイントだった。どこを見てもお尋ね者が見受けられる。ここにいる者は、敵対心こそ無いものの、妙な仲間意識も無い。誰か一人がしょっぴかれても構わないという連中の集落と言ったところだ。
 世の中には武士という職業がある。唯一帯刀を認められている仕事、旧時代の言葉を借りるとしたら警察である。
 しかし、武士のようで武士でない職の者がいる。武士が集団のしがらみに囚われる中で、自由に世界を渡り歩き、賞金稼ぎのように独立した存在が浪人だ。浪人は一人で行動している以上、それなりに強くなければならない。
 つまり、浪人とは実力を認められた者であり、その実、そこを歩いている青年への階段を上っている大人びた少年、サムエル・インディガ・ナイトスキィもそうであった。
 その瞳、その髪の毛、まるで夜の闇のような邪悪めいた美しさの濃紺。まるで吸い込まれるかと錯覚しそうなほどの深奥までも潜りこめそうなほどの深み。端正な顔立ちは、彼の印象をより一層少年から遠ざけていた。まだ十代後半だというのに、軽く二十歳ぐらいに見える。インディガ家の者らしく、腰には一本の藍色の柄の長刀と一本の赤色の小刀を差していた。
 そして、武士や浪人特有の、特徴的な髪型をしていた。他の者とは一風変わった、頭頂部分に髪をまとめた姿。旧時代の中のとある時期に同じ名前の人々が結っていた、髷(まげ)という物だ。
 当面の生活費を稼ぎたい彼は、できるだけ懸賞金の高い標的はいないかと、辺りを見回すが、それらしい者はいない。根気よく探そうと、一歩足を踏み出した時、ふと視線を前方に戻すと行く手は一人の人間が塞いでいた。
 大物がかかったと、藍色の髪の少年は心の中で気分が昂ぶるような感覚になった。目の前にいる敵は十人の人を斬って全国的に指名手配されているインディガ家の人間で、かかっている賞金は千万ほど。それだけあれば一年は修行だけで暮らせるなと、頭の中で計算する。
 もちろんここにいる者共は捕まりたい訳が無い。入ってきた正義はすぐに叩き潰さないとしょっぴかれると分かっているのか、帯刀している奴にはすぐさま声をかけるらしい。その言葉には焦り以外の感情はこもっていなく、大概は同じようなことしか言わないという噂だ。

「死ねやぁっ!」

 やはりなと、彼は呆れるような気分になる。来て欲しくないと思っている連中は全て死ねだの帰れだの叫ぶ。落ち着き払った奴は逃げ出すが、その方が遥かに賢い選択だ。基本的に大犯罪を犯す輩には後先考えずに行動する阿呆が多い。その内の一人がこの今対峙している男。浪人はそれなりに強いということが、インディガ家のくせに分かっていないらしい。

「聞こえないのか!死ねと…」
「貴殿…」

 死ねと言われても全く顔色一つ変えずに冷静を装っているサムエルに、敵対する罪を犯した者はもう一度叫ぼうとする。今さら突き出されて刑を施行されては堪らないと、その焦燥が物語っていた。
 だがその怒号さえもあっさりと、サムエルが貴殿という、ようするに呼び掛けの言葉で遮る。その態度に、そろそろ堪忍袋が限界になった彼は、手元のナイフを取り出して今にも襲い掛かろうとした時に、ゆっくりとサムエルは腰に差してある藍色の鞘に納められた、持ち手が藍色の白銀に刀身が光を反射させる一本の長刀を抜いた。スラリと綺麗な音を立ててゆっくりとその姿を現したその鋭利な刄に、ナイフなどで襲おうとした彼はたじろいだ。しかし、ここで退く訳にはにかないという半分使命感のような感情が、皮肉にも彼を突き動かした。

「頭が回らぬ程の焦りに襲われた人間は、最初から勝ちの目は無いと、我は父上に教わったのだがな」

 その銀色に輝く鋼の刀身を傾けながら、藍色の少年は走りだした。見る間にそのスピードは上がっていく。重量のあるはずの長刀を抱えている上に、腰には動きを制限する一本の大きめの鞘と短刀が差してあるというのに、難なくあっさりとその加速は滑らかに続いている。

 二人が交錯する瞬間にお互いの刄が衝突し、甲高い音が鳴り響いたかと思った次の瞬間に金属製品の折れる鈍い音と一緒に短い刃が上空に上がる。

 それの次には、無法者のインディガの者が地に臥した。

「案ずるな、峰打ちだ、などと決まり切った台詞を吐く気はない。ちゃんと刃で斬った。まあ浅かったから動けない程度だろうがな」

 サムエルは動きを止めるために四肢の腱だけを斬った。それほど深い傷ではなく命にも直接は問題ないがもうすでに抵抗はできなかった。
 手足を襲う鋭い痛みに顔を歪ませて呻くような泣き声を上げて、諦めて逃走に走ろうとするも腱が切れていては話にならない。どれほど強靱な筋肉であってもだ。
 その光景を目の当たりにしても、政府の使いに憤り、それを止めようとする者など当然のごとくいなかった。歯向かえば斬られるという恐怖と、あんなのに勝てるかとぼやくような諦め、そして最後に、愚かにも歯向かった抵抗者に対する侮蔑。
 そのような目線は気にもせずに、サムエルは呻く男を一応縛っておいて、縄をおもむろに掴んで持ち上げた。止めてくれ、警察だけは勘弁してくれと、痛みを差し置いて必死に懇願する悲痛な声をサムエルには聞く気が無かった。今まで何度そう言った人間を殺してきたのだと、きつく睨み付けると嘘のように静まりかえった。
 父上の置き土産も役に立っているなと、検挙している時は毎度感じる。彼の父親、ヒュントキールもとても優秀な武士だった。その腕を見込まれて警備として重要な施設の配置に付いていた。
 いつの日だったか、数年ほど前にその父も死んだ。村一帯を覆い尽くす伝染病の類だった。サムエルだけが生き残り、他の者は残らず死に絶えた。さしもの剣豪も病には勝てなかったということだ。

「さてと、村外れまで五分ぐらいであったな」

 早くせねばこの人が死んでしまうと、彼は歩きだした。そうして、過去のことを思い出す。
 まるで天空を統べるかのように、底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。紫以外の全ての色が、悪魔に惚れられたかのように、怪しく輝いていた。


                 <to be continued>