ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.9 )
日時: 2011/10/22 19:47
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: PIT.hrJ/)
参照: 第一話 生い立ち Violet Side




 その街は、ハリエルも訪れている、誰しもが認める理想の街だった。夜になった今も、各家々の窓から漏れ出る照明の光で街灯が無いというのに道路は驚く程明るかった。
 おそらくその窓の中では幼い子供、とは限らないが息子娘と食卓を囲う団欒とした家族が夕食でも取っているであろう。懐かしいなと、そこにいる素行の悪そうな青年は溜息を吐いた。
 その街の人間は皆、明るい笑顔で大切な人達と接する生活を送っていた。

 たった今溜息を吐いた青年と、ハリエルの二人を除いて。

 二人とも大切な人達と接する生活など、送っていなかった。特にハリエルなどはもう二度と送れないだろうと覚悟してさえいた。しかしだ、まるでフクロウが狙いを定める時のような怪しさを発する紫色の髪の毛と瞳を持つ彼はそんな覚悟は杞憂に終わるということを知っていた。なぜなら彼、ディアス・ヴィオレッティ・グーフォは、呪いを受けた者の中で、一番呪いについての知識を持っていた。まあ、それさえ無かったら本当にただの、頭の回らないチャラチャラした不良のような少年だった。
 そして今、ハリエルの止まっている宿を探していた。共に旅をする仲間を見つけるために。あの日々からようやくここまで来れたかと、走馬灯のように五年間を思い返していた。
 父親は死ぬ直前のほんの僅かな時間で自分に伝えられる限りの呪いの特徴を教えてくれていた。

「ここが、最後の宿だな。ここにいないとなると振り出しだが…」

 それでも調べないとならないのだから、眼前に位置する木製の扉を押す。そして、すぐそこの受付に話し掛けた。

「すいませーん、ハリエル様に仕える従者の一人なんですけど、ここにハリエル様は泊まってませんかー?虹について分かったことが一つあるんですけどー」

 本来の自分の話し方とはかけ離れた口調でそう、目の前にいるイーロ家の女性に問う。一瞬不審げな表情が浮かぶが、本人にうかがえば良いと判断したのか案内を始めた。その対応には無用心だと非難したくなったが、今はそれよりハリエルだ。
 そして、ドアの前に立って、受付の女性がノックをしようとするのを抑制し、一つ頼みごとをした。

「あまり聞かれたくない内容ですし、できれば席を外して頂けないでしょうか?心配だというなら階段の辺りから監視していてください」

 そう言ってやると予想外にあっさりと身を退いた。もしかしたら、このような容姿の男を恐れているだけかもしれないと示唆する。ピアスは付けているし、長いチェーンがベルトから垂れている。典型的な不良的な服装な上に、目は鋭く、殺気だっている。
 ご理解早くてありがとうございますと、頭を下げ、ドアに向き直ってノックした。カツカツと、固いものを叩く乾いた音が建物の中に響く。中から昼間の少女の声が返ってくる。

「俺の名前は、ディアス・ヴィオレッティ・グーフォだ」

 声で昼間の奴だとすぐさま気付いたのか、黙りを決め込んでいるようだ。返答が返ってこない。お堅い奴だなと呆れて、ある意味切り札とも呼べる説得の文句を告げる。

「どうした?私と三十分以上共にいたら、死んじまうぞってか?」

 ガタンと、中から物音が聞こえてくる。反応有りとディアスはほくそ笑んだ。その後にその場を支配したのは、再び訪れた静寂だった。どう対応するのか決めあぐねて中で考察している様子が容易にディアスには想像できる。
 さあ、どう決断を下すかと悩んでいるとカチャリと、回すようなものが聞こえた。回した物は言うまでもなく鍵。それも、開ける方の意味でだ。赤の他人で片付けるには惜しい興味深さがあったのか、我が身の境遇を知っている者に頼りたいのか知らないがとにかくドアは開くようになった。
 案の定、中からハリエルは出てきた。

「なぜ、あなたがそのようなことを…」

 目には当然のことながら驚きの表情が浮かんでいた。旧時代の言葉を借りるとしたら、寝耳に水といったところだ。まあ、そんな諺はディアスは知らなかったが。

「なぜかって?それはな、この俺が“俺達”の中で最も良く呪いのことを知っているからだ」

 不可解な色を隠すことなく顕にしている青い髪の少女が、理解しやすくするためにさらに自分についての説明を入れる。だがハリエルが反応したのは、俺達、という言葉だった。擦れるような声で、途切れ途切れにその単語を復唱したハリエルに、さらに細部の説明をディアスは加える。

「お前もしかして呪いを受けた不幸の星の下に生まれたの自分だけだと思ってる系?そんな訳無ぇじゃん、そんなに自分を特別視すんなよ」

 よくもそこまでスラスラと言葉が出るなと、賞賛を超えて侮蔑したくなるほどに、鬱陶しく言葉を続ける。しかしその声は一旦止まった。まるでハリエルに話させる余裕を与えるように、ディアスは沈黙した。

「でも……あなたもそれほど知らないのではなくて?もし完璧に知っていたら呪泉境ぐらいすぐに見つけているでしょう」

 呪泉境、それが自分に与えられた唯一の手掛かり。そこに行けば呪いは解けるかもしれないと、母から聞いた。

「意外に鋭いじゃねぇか。そうだな、流石に人より少しばかり知っている程度だな。それでもお前よりは多くのことを知っている」

 確かにそうだと、ハリエルは黙り込んだ。自分が知っていることはせいぜい呪泉境だけだ。では、目の前のヴィオレッティ家の青年がどこまで知っているのかと、考える。呪いを解く方法はきっと知らないだろう、だとすると一体何を知っているのか…

「俺は呪いを受けた人間の名前は全員知っている。お前が呪いを受けているとはそういう風に分かったっていう訳だ」
「それで、一体何人の人がいるのでしょうか?」

 ようやくディアスのことを信用したのか、詳しい話を自分から訊いてきた。その態度にディアスはガッツポーズを心の中で取った。

「えらく謙虚になったな?ま、その方が俺も助かるってもんだ。呪いを受けた人間の数?七人だ。名前はいるか?」
「存じ上げているならば、教えてくれた方がありがたいですね」
「長くなるけど良く聞けよ。まず、レッディ家のレナ、次にオーレン家のスティーク、さらにイーロ家のエール、ヴェルドのカイルにブルエのハリエル、インディガのサムエルがいて、最後にヴィオレッティのこの俺だ」

 意外に人員が多く、思わず目を見開いてしまった。自分を抜いて六人も同胞がいるなんて、思ってもみなかった。だが、考えれば当然である。
 虹がかかり、そのことが呪いの証と言うのならばその色一つあたり一人の人間、要するに七人の犠牲者がいるということになる。
 そんなことに一人納得した後にディアスは間髪入れずにさらに言葉を付け加える。

「呪いを受けた同士は、呪いで死ぬことは無い」

 それが何だと言うんだ、そう思ったのだがこのことを一々伝えた理由はその次の言葉に繋がっていた。

「そこで提案だ。お前、俺と動く気は無いか?」




                 <to be continued>