ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 消失病 Disappearance  ( No.14 )
日時: 2011/10/20 20:39
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)

 何があった? その質問ほど、今のアリスが答えに困る質問は無い。
 何故なら、アリス自身。 何があったのかわからないのだ。
 クロアの元に来たシグマという男の事も。 あの場所がクロアを閉じ込めている空間だの、何だのと。 今までに知らなかった事を一辺に聞いた上で何があったかの質問以上に答えに困る質問は無かったのだ。

 「クロアさんのところに、シグマって言う男の人が来た」

 必然、この答えに行き着く。 だが、それだけで十分だったらしい。
 フィオは驚いたような顔をし、ファウストは「やはりな」とでも言いたげに頭を掻いた。
 どうやら、二人ともそのシグマという男のことを知っているらしく、シグマという男に関しては大して驚きもしていない。 そこにシグマが“居た”という事に驚いているように取れる。

 「シグマって、何者なの?」

 「……悪者だ。 それも、筋金入りの悪Loveな奴。 レベルゼロ事件のときは能力者以外の一般人を皆殺しにして能力者だけの帝国を作ろうとした、気違いだけどな。 世界征服とか、至極真面目に企てて、それを実行に移す力を持っていただけ性質が悪い」

 ファウストが呆れたように説明する。
 どうやら、危険思想人物であるという事はよく分かった。
 それに、ファウストは言葉を続ける。

 「一応、アリソンが事件終結直後に事件中に殺されたが、能力の自動発動で蘇生していたのを見つけて封印した。 レベルゼロ事件のときにクロアの部下についていた男だ。 正直、人間の能力者だと思ってたんだがな……。 まさか、悪魔の仕掛けた封印を自力で解くとは思わなかったな」

 ファウストは呆れるとも感心しているとも取れる表情を浮かべている。 が、彼の敵ではないのだろう。
 不敵な笑みと、爪を出し入れする動作はまるで目の前の獲物を遊ぶ猫のようにも見える。

 「アリス、君の力は未だ発現前の状態だけど……発現すればそれこそ危険なんだ。 消失病の性質を操る事もできれば、消得るのではない死に方をさせる事だって出来る。 シグマ好みに自爆させたりだって、可能なんだ。 何せ君は……人間に魔力を与えた不死鳥の雛なんだから」

 不死鳥の雛……初めて聞く単語だ。 まさか、私が不死鳥だって?

 「そんな馬鹿なことあるわけ無いよ」

 「いや、事実だ受け入れろ」

 ファウストが間髪を入れずアリスに言い放つ。
 そして、戸口に寄りかかるのを止め、アリスに歩み寄った。

 「俺やフィオがまだ生きているのも、不死鳥の力の成した事だ。 不死鳥が死ねば、俺たちも死ぬ。 つまりだ、アリス。 お前が他殺されればその瞬間に、俺たちは全く同じ傷の痛みを訴え死ぬんだ。 お前を守るのは、そんだけの理由だ」

 ファウストが呆れたように言うが、その横でフィオは更に呆れたような顔でファウストを注視している。
 ファウストの言葉が終わると、

 「何を言うかね、ファウスト。 私は船長に内心最も敬服していたのは君だと思ったが? ヴァン以上に、君は彼女を慕っていたし、それを悟られないよう反抗もしていたし。 アリスのことも、実際は相当大切に思っていると思うけど? それともあれか、ツンデレ?」

 「ちげえよ! ま、それ以前にやるべき事があるだろ? 【天才】と【魔王】に連絡を入れて、【騎士】をアリスの護衛に付かせてはどうだ?」

 ファウストの提案に、フィオは黙って首を横に振る。
 呆れたような目で、フィオはファウストを見ると、ファウストは気に入らなさそうにそっぽを向いた。

 「君は何を考えているの? 【天才】はともかく【魔王】がアリスの見方に回るわけが無いでしょ? むしろ、アリスを殺そうとするよ。 【騎士】のアイデアは確かに良いかもしれないけれど、【騎士】は戦う事を目的としている。 つまり、危険でも逃げない。 それに、今のシグマの力は未知数。 【騎士】は私達よりも弱いし、下手をすれば今の力が開花しかけのアリスのほうが強いかもしれない。 だから、【騎士】の護衛も当然却下。 私は【道化】をもう一度アリスに付かせた方が良いと思う。 敵にしろ、信用できる。 それに、今まで結界に隠れてたとはいえアリスを13年間守ってきたのは事実。 彼の封印を解くべきじゃない?」

 フィオの提案に、ファウストはあからさまに『却下』と言いたげな顔を向け、

 「お前がそういうのであれば、俺の考えは撤回しよう。 だが、これだけは採用しろ。 【道化】をアリスの護衛につけるのは何と言おうと反対する。 奴は……アリソンを殺した張本人だからな!」

 ファウストが、怒りを露にしてフィオに対して怒鳴り散らす。
 気になるが、この二人の会話に踏み込んではいけない。 
 私の勘が、そう告げていた。

Re: 消失病 Disappearance  ( No.15 )
日時: 2011/10/20 20:59
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)

 「うろたえすぎだよ、ファウスト。 彼はこちらの味方だし、現にアリスを13年も守った。 私なら、13年間の内に殺してるよ」

 フィオの答えにファウストは黙るが、まだ何か言いたげな顔をしている。 彼は息を吸い込み、頭に上った血が失せ、冷静に。
 口を開いた。

 「俺は、【道化】だけは信用できない」

 「そうかい、ならいい。 私が全てを手配する」

 ペンを握ったフィオの手を、戸に寄りかかっていたはずのファウストが。 風とともにその黒い手袋をはめた手で制する。

 「邪魔をするの?」

 「いや、まだ俺の意見はある。 取り敢えず、全部聞いてからにしろ」

 ファウストの言葉に、フィオは呆れ混じりにため息をついた。

 「何か、私を唸らせる素晴らしいアイデアでも?」

 「いや、素晴らしいとは言いがたいが……ものとしては納得するはずだ」

 間髪を入れず、ファウストが話し始めた。

 「俺としては、【道化】だけはアリスに近づけたくない。 そこで、それ以上の実力者がいれば問題ないんだろう?」

 「ああ、そうだね」

 「だと言うのなら、俺か、お前が護衛をすればいい」

 ファウストの提案に、フィオは言葉を失った。 フィオからすれば、自分のやるべき事ではない。 
 違う部分に、似た形の歯車を代用して時計を動かそうとしているようなものだ。 無理しかない。

 「無茶言わないでよ、私にも君にもやるべき仕事がある。 それに、アリスは急に襲い掛かってきた君を信用してない。 私は勿論御免だよ。 で、それが君の案かい?」

 「いいや、これに対してはそう来るだろう。 で、後残った人員は誰だ? この船で、戦闘能力のありそうな奴は?」

 ファウストの言葉に、フィオはまるで巨大ゴキブリでも見るかのようにファウストに顔を向けた。
 恐らく、ファウストの提案がフィオに勝ったのだろう。

 「まさか……」

 「ああ、そのまさかだ。 ミゲルをアリスに付ければいい。 そうすれば、【道化】をアリスに付ける必要も無くなる。 それに、元はと言えばミゲルは不死鳥の……侯爵の部下に当たる階級を持ってる。 確かにむかつくガキだが、これ以上の適任は居ないだろ?」

 ファウストは得意げに鼻を鳴らした。

Re: 消失病 Disappearance  ( No.16 )
日時: 2011/10/22 13:26
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 『昔も戦争、また……戦争。 どうやらボクは、つくづく戦争とは切っても切れない関係にあるらしいね』

 川のせせらぎを感じながら、道化は静かに呟いた。
 その手には、銀白色に輝く鎖が握られていた。


 「さて、アリス。 私のできるのはここまでだ、君はあの教会に行って扉を解放すればいい。 あの教会は、不死鳥の聖地だから君が許可しない限り敵は追ってこられない」

 フィオが浅瀬に乗り上げた船の甲板の上で説明を続けた。
 入り江の中の、小さな漁港。 アーレインと呼ばれる町の、丘にある教会。 そこを指差している。

 「見た目は半壊した廃墟だけど、内装は大丈夫だよ。 無傷で残ってる。 君はその教会に祭られている扉を開放すればいい。 魔力を人間界から全て回収できる。 それが終われば君が狙われる理由もなくなるんだ」

 何だろう、簡単に事が運べ過ぎている気がする。
 前不死鳥が物事の対策で準備をしたとはいえ……順調すぎて気味が悪い。 どこか、欠落しているのではないかと言うそんな胸騒ぎ。

 「それだけで、大丈夫なの?」

 「ああ、問題ない。 扉の開放は不死鳥にしか出来ない事だ、俺たちが行っても扉は重すぎてびくともしない」


 ファウストは深刻な目つきで、アリスを。 そして、その横に居た『不安要素』に目をやった。
 そこには、アリスより小さな髪の逆立った赤毛の少年が、アリスと手を繋いでいるのである。
 そう、ミゲルとは、何を隠そう彼のことだ。 こんな子供に護衛などできるはずも無いが、彼はファウストたち並の力を有した化け物の一人。
 人間の能力者がおいそれと手を出して無事に済む相手でもない。
 手早くそれだけを済ましたい。 そんな理由で、フィオの説明を遮り、

 「能力者と遭遇したらどうすればいいの?」

 最も大切で、危険に対峙した場合の対処法。
 それだけを耳に挟むとミゲルの手を引き陸へ足をつける。

 「アリスちゃん、お顔怖いよ?」

 ミゲルがアリスに話しかける。 ミゲルの外見年齢は5歳程度。 中身もその程度なのだろうか?
 二人によればミゲルは今年で480歳になると言うのに。

 「怖くないよ。 大丈夫、君が私を守ってくれるんでしょ?」

 ミゲルに対して。 精神年齢5歳児に対して、最も喜ぶであろう言葉を返す。
 基本的に、小さな子供と言うのは大人のできない事ができるとうれしいのだ。 

 「そうだね、大丈夫! 僕、強いから!」

Re: 消失病 Disappearance  ( No.17 )
日時: 2011/10/23 19:47
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 戦慄が走る。
 言葉が、出てこない。 汗が噴出し、鼓動が早まる。
 目の前に居るのは、紛れも無くあの男。 シグマだった。

 遡る事3分前。 二人は教会の入り口にいた。 アリスが取っ手を掴み、ひねるとともに、その扉は力なく崩れ、内部を開放する。
 だが、その先に一人。 居るはずのない、居てはいけない人間が居たのだ。
 そう、シグマだ。 だが、それ以前にアリスの目に映ったのは破壊された“何か”。
 そして、その何かは恐らくフィオの言っていた開放すべき魔界への扉。

 「ふむ、魔界と言うのも悪くは無い。 だが、我が崇高なる計画の障害となるのであれば仕方ないか……」

 シグマは静かに呟くと、振り返りアリスとミゲルをその瞳に映す。

 「中々早かったな、雛よ。 だが、遅かったな。 たった今、俺がこの扉を叩き壊したところだ」

 シグマの言葉に、アリスは唖然とする。
 それに反して、見毛の瞳には憤怒が浮き彫りになって、ミゲルはシグマに襲い掛かる!
 が、シグマはミゲルをいとも易々と蹴り飛ばすと、アリスのほうに視線を向けた。

 「まさか、今ので俺を殺せるとでも思ったか? ……笑わせるな」

 アリスは、何も言えない。 いや、喋ればその隙に殺される。
 それほどまでに圧倒的な、相手の威圧。

 「少しは質問に答えたらどうだ?」

 彼の言葉と同時、アリスの身体を無数の針が突き抜ける。
 傷は無い、そう感じただけだ。 ……凄まれただけで?

 「……何がしたいの?」

 ようやくそこで、アリスは口を利いた。
 若干の恐怖と、わけも分からずこみ上げてきた怒りを押さえつけながら。

 「その事なら、既に述べただろう。 地獄を人間界に造る」

 「そんなの、無理だよ」

 アリスはシグマの言葉を、真っ向から。 挑発するように否定する。
 シグマの背後には、真紅の体毛を纏った長い尾が構えている。 ミゲルが、龍と化した。

 「何故そう言い切れる?」

 「地獄は地獄になるべくして生まれた。 だとすれば、ここは人間界としてなるべく生まれた世界だよ。 無理に地獄に似せても、本物の地獄にはなりはしない」

 アリスの言葉に反応するように。 シグマの背後に、その長い角を携えた巨体が迫る。
 シグマは、気付いた様子は無い。
 シグマの背後で、その巨大な前足で。 鋭く尖った爪を構える。
 そして——

 「何だ、ネズミか」

 振り下ろされたそれを、シグマはモロにその身に受ける!
 砂埃が舞い、廃墟同然の教会内が騒然とする。

 「やった……?」

 「何かしたか?」
 
 砂煙が晴れると、そこに、シグマは静かに佇んでいた。

Re: 消失病 Disappearance  ( No.18 )
日時: 2011/10/24 20:24
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 「あー……」

 シグマは咳払いをすると、呆れたような目で、アリスに向かった。

 「まさかとは思うが、まさか……俺をこの程度の事で殺せたと思ったか?」

 はい、思いました。
 もう、余裕でペチャンコになったと思いました。
 そう、言いたかった。 
 自分に対して害を及ぼしては居ないとはいえ、あの威圧は凄まじい。 危険人物であることに変わりは無く、地上を地獄にすると豪語する人間なのだが。 今一、実感がわかないのだ。

 「いや、無理じゃない? 世界征服企むような人が、まさかその程度で殺されるわけ無いじゃん」

 「そうか、そうだな。 ハハッ……」

 シグマは高笑いと途中で止めると、次の瞬間。 液体窒素の中に放り込まれたような感覚に、アリスは襲われた。
 ……寒い。 日が出ているのに、不思議なほど。

 「それは俺に、喧嘩を売ったと言う事か? ……いい度胸だ」

 シグマは、その手にナイフを握る。
 対するアリスは、武器など一切持っていない。 丸腰で、少なくともあの二人の言葉からはシグマの実力の高さが窺える。
 そして、アリスの決定的弱点。 悪魔にして、魔術を扱えないと言う事も相まって、この上ない窮地に立たされたことは言わずとも本人は感じ取っている。
 殺さなければ、殺される。 逃げるなど、通用しない相手だ。
 だから殺せるかと言えば、無謀もいいところだ。 どの道私は、ここで殺される。

 「死すがいい、雛よ」

 シグマが動く。 一瞬の内に空間を飛び越え、アリスへと迫る。
 鼓動が早まり、瞳孔が開く。 眼球のピントが、眼前のシグマへと合わせられる。
 避けようと思えば、避けられるかもしれない。
 そんな安易な考えで動いたのが、逆にアリスに深い傷を負わせた。
 ナイフが左肩に突き刺さり、鮮血とともに黒い靄のようなものが噴出したと同時。 視界が乱れ、足の力が抜ける。
 身体はその身にかかる重力に逆らえず、地面に膝を突く。 

 「ったーく、少し遅かったようだ。 シグマ君、君は恥ずかしくないのかい? そんな丸腰の女の子をナイフで突き刺すなんてさ」

 それが、やって来た。
 アルトの音域の声に、友人に話しかけるようなふざけた感じ。
 そして、アリスの視界に“彼”が映る。 白い上着に、黒いジーンズ。 そして、見れば見るほど、それはピエロと言うピエロ。
 言われずとも、理解した。 彼が話しにあった【道化】なのだろう。

Re: 消失病 Disappearance  ( No.19 )
日時: 2011/10/24 20:52
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 「貴様……。 俺に、今更噛み付くか!」

 シグマが、【道化】に吼えた。
 だが、【道化】は気おされることなくその仮面の向こうから。 シグマを見据えている。
 【道化】はまるで相手の反応を楽しむように。 手を叩くその仕草に、シグマは警戒する。
 手を叩いた中からは、白い鳩が数羽飛び出すだけで何事も無い。

 「君が、ボクをボクにしたんだろう? 早速使わせてもらうよ」

 【道化】が、動く。
 ゆっくりと地面を蹴ると、まるで重力を感じていないかのように宙を舞い、何処からともなく取り出したナイフでシグマを目掛ける。
 が、シグマは右手を前に突き出すと同時。 時を戻して【道化】の接近を許そうとはしない。
 だが、時を戻したその直後。 シグマは自らの腕の異変に気付いた。

 「大分、牙を研いで居ないとお見受けするよ」

 【道化】はシグマの真後ろから。 ダガーをその肩に突き刺していた。
 それを見て、シグマは怒りの表情を見せるがそれは2秒後。 何事も無かったかのように収まった。
 再び時を巻き戻し、傷を受けた時を消去したのだ。

 「ソルテュール・ピエロか、成程な。 油断していた」

 「君が油断しているのはいつものことだろ?」

 【道化】はシグマを警戒しつつも、アリスに近寄ると空を掴むように手を握ると、煙とともにシルクハットを被ったピエロとも取れる飴細工を、アリスに手渡した。
 どう反応すればいいのやら、【道化】はアリスの反応を楽しんだ後、再びシグマに視線を戻す。

 「君の能力は、有効範囲が30メートルと狭い。 ボクもクリアシックの再発のリスクが無ければトドメを刺すところだけどさ」

 「クリアシック?」

 「消失病のことさ。 ボクたちは、そう呼んでる。  この辺でお開きにしない?」

 アリスの問いに、道化が答えた。
  【道化】の提案は、シグマを挑発しているのがよく分かる。
 だが、実際。 シグマ以上の高見から【道化】はシグマを見下ろしている。 ダガーで突き刺すのは肩ではなく心臓を狙っていたとしたら?
 能力者の能力は、死後は発動しない。
 つまり、そこで終わりなのだ。 それを知ってか知らずか、【道化】はシグマを殺すことを躊躇っている。
 
 「君も分かっているはずだ。 ボクほどではないにしろ、魔力を受け入れたその肉体もそろそろ限界が近い。 寿命で死ぬか、消失するか。 いつだったか教えてくれた人が居てさ。 命を張っても、命を張った相手が一人残るなら、一緒に死んでやりなさいって。 一人ほど、辛いものは無いってね」

 アリスには【道化】が、仮面の下で冷笑した気がした。
 彼から漂うこのえも言えぬ悪寒は、何だろう? 

 「どうする? 君一人今死ぬのも嫌だろう? ボクだって、今ここで一人死ぬのはごめんだよ」

Re: 消失病 Disappearance  ( No.20 )
日時: 2011/10/25 19:38
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 「……俺が、貴様ごときに殺される。 だと?」

 シグマが、口を開く。 その問いに、

 「ああ、そうだ」

 間髪居れず、【道化】は答える。
 確かに、道化の方が、実力は上。 真っ向からシグマの殺せるような相手ではない。

 「別に、好意を踏みにじられたりするのは慣れてるし。 意見を無視されるのも慣れてるから良いんだけどさ。 今回は、君のためを思ってだ。 さて、どうする?」

 【道化】は、その手にダガーを構える。
 シグマはそれを見て、大きくため息をついた。

 「ああ、そうだな。 クソッ、まさか貴様が来るとは思わなかったよソルテュールピエロ。 今は、どうやら孤独ではないようだが……」

 「いいや、ボクはいつでも孤独さ。 ボクには、“同じ”が居ないからね」

 【道化】はダガーを手の中に消し去ると、シグマに向かう。
 
 「まあ、良いだろう。 次はもう少し、まともな戦力を手に入れてから挑むとしよう」

 シグマは、その言葉と同時。 その場から、霧を書くようにして消え去った。
 【道化】はそれを確認し、アリスに視線を戻す。
 アリスも、今時分が生きている事をようやくここで理解した。
 二人の戦闘を眺めるばかりで、自分の存在を忘れる。 それ程、異常な二人の存在感。
 一体、この男は何者……?

 「さーて、アリス。 多分、見た目から分かると思うがボクはあの二人が言っていた【道化】だよ。 コードネームだからね、本名は教えるわけには行かないな。 ま、それも偽名で……ボクには本当の名前が無かったりするんだけどさ」

 彼の言葉のトーンが、下がったような気がした。

 「そんな事より、見事にしてやられたね。 扉が……粉々だ」

 【道化】は扉の破片を拾い上げると、それを物珍しそうにまじまじと見つめ、ポケットへと押し込んだ。
 再びそこで、アリスへと視線を戻す。

 「どうしたんだい? 何か喋ってくれないと、寂しいじゃないか。 兎は、寂しいと死んじゃうんだぜ?」

 【道化】はその場で、手を頭に持ってくると兎の耳のようにヒョコヒョコと動かしてみせる。
 だが、アリスにはそれも恐怖の対象でしかない。 足がすくんで、立ち上がれない。 立ち上がれば、今すぐにでもこの場から逃げてしまいたい。
 冷や汗をかくことも、一切無いこの悪寒は、殆ど彼が発しているのだ。 今は友好的だが、気まぐれなようだし……。

 「ま、いいや。 船へ戻ろう。 話はその後だ」

 【道化】はアリスの手を握ると、まるで重さを感じていないかのようにアリスをもあち挙げた。
 アリスが一人で立てることを確認すると、扉の瓦礫の中に倒れていた小さな赤い体毛のモルモットのような生き物を頭に乗せ、アリスの手を掴み、教会を後にした。

Re: 消失病 Disappearance  ( No.21 )
日時: 2011/10/28 22:32
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 港につけた船の船室を、誰かがノックしている。 時間的に、アリスが扉を開放して戻ってきたのだろう。
 キャンパスに筆を走らせるのを、彼女は止めた。
 筆とパレットナイフを座っていた椅子の脇に立てかけ、との方へと向かう。 

 「何でだ! 何でお前がここに居る!」

 だが、彼女の先にその訪問者に顔を合わせた彼が、吼える。
 戸口には、アリスを抱えている【道化】が。 そして、ファウストは今にも体中の血管が切れるのではないかと言う勢いで怒鳴り散らしていた。

 「まー、ボクにも喋らせてよ。 ファウストくん、君はどうも毎回会う度に血の気が多いなぁ……」

 「五月蝿い! お前が、お前さえ居なければ! お前が、殺したんだ! 俺の……恩人を……!」

 ファウストはその場で、拳を握るが、それを制する。
 まさかとは思うが、何故?

 「何で、君がここに?」

 フィオがようやく、その口を開いた。

 「いや、シグマが教会に居てね。 流石に、アリス一人じゃマズイからボクが無理して駆けつけたって訳さ。 さて、医務室へ運んでやってくれよ。 アリスは肩をやられてる」

 【道化】が肩からアリスを降ろし、ファウストへと引き渡した。
 重傷のアリスに対し、【道化】は不思議なほどピンピンしている。 ファウストがアリスを抱きかかえ、医務室へ連れて行ったことを確認すると、【道化】はポケットから扉の破片を取り出し、フィオに手渡した。
 これが、何を意味するのかなど、聞かずとも分かる。

 「まさか……あの男が教会に?」

 「そう、そのまさかさ。 あ、それとコイツはどうすればよかったかな? アリスと同じで、医務室へ連れて行ったほうがよかったかい?」

 【道化】は破片を取り出したのとは反対のポケットから、紅い体毛の尻尾の長いネズミ染みた生物をフィオに手渡した。
 これは……、

 「……ミゲルがやられたの?」

 「ああ、そうだよ。 あの男、人間を辞めた様だったよ。 多分、今のボクより強い。 ま、今回は余裕見せてハッタリでどうにかできたけど。 次は、多分殺されるよ? アリスも、ボクも」

 【道化】の言葉に、フィオは自信を失ったかのようにうつむいた。


 * * *

 突然、目が覚めた。
 見慣れない部屋の中、まるで彼女は危険なものが目の前に居るかのような勢いで上半身を起こすが、それはそこには居ない。 安堵とともに、彼女の方が痛みを訴えた。 彼女は顔をしかめ、その痛みが通り過ぎるのを待った。
 見回した限り、壁を覆い隠すように並んだ薬棚と、アリスのほかに人の寝られそうなベッドが2つ。 そして、煙を吐き出す葉巻をくわえた人体骨格が、白衣を身にまとい椅子に座っていた。
 部屋が揺れている。 どうやら、あの船の中らしい。
 右手で頬杖をつき、丁度『考える人』の図と言えばいいのだろうか?
 くわえた葉巻から立ち上る煙が、骨の隙間を縫って目から噴出すその様は、奇妙この上ない。
 一体、何だ? この骸骨は……。
 アリスは立ち上がると、後ろからその骸骨へと歩み寄った。
 動きはない。 ただの人体骨格を、そこにおいているだけなのか……?
 横から、アリスは骸骨のくわえている葉巻を口から引き抜く。
 動きは……

 「オイ、何するんだよ?」

 骸骨は、突如こちらを向いた。
 思わず、アリスは手に持っていた葉巻を投げ飛ばすが、

 「俺の……葉巻ィィィ!」

 骸骨は俊敏な動きで葉巻が船室の床に触れる直前。 その掌にそれを握った。
 直後、骸骨は慌ててその葉巻を上に放り投げる。

 「あちィ!」

 言葉が、出てこない。 
 ゾンビであれば、脳天を銃で打ち抜けばいいかもしれない。 だが、突如動き出した骨に対応する方法は、何かあったっけ?
 

Re: 消失病 Disappearance  ( No.22 )
日時: 2011/10/29 15:19
名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)

 動き出した骸骨に対する反応。
 動く骸骨イコール、お化け? いや、西方の人間は死神だといっていたっけ? けれど、死神ってアレだよね?
 白衣じゃなくてフードの付いたマントで、大鎌持ってるってやつ。
 そのイメージから行くと、またずいぶん困る姿。 白衣の死神?
 何だ、それ……。
 そういえば、そもそも人と話したことはあまり無かったっけ?
 クロアさんとは喋っていたけど、他の人があそこに来るのは稀だったし、フィオさんとは面識もあった。 ファウストに関しては、私も呼び捨てで言いと思える。 フィオさんの下僕みたいな勢いだし。
 だけど、これは一体? 誰が紹介したわけでもなく、名前も分からなければ、突如動き出すとも思わなかったそれが動いている。
 どうすればいい?


 * * *

 「で、結局アリソンに頼るのかい? 君達も、いい加減自分で行動を起こせよ」

 【道化】は仏頂面のファウストに面と向かって言い放つ。 それも、ミルクティーを飲み干しながら。 両手を背で繋ぐという奇妙な格好で。
 明らかに、ふざけているか挑発している。 そう取られても、不思議ではない姿勢。
 確かに、この男の行動は奇妙な【道化】だ。

 「君に勝てない相手なら、なお更アリソンに頼らないと駄目だよ? シグマは危険だし、シグマを殺さないと収拾は付かない」

 フィオが最もな意見を述べる。
 実際、シグマと言う人間は危険人物であり、実害を及ぼしている。
 早く対処しなければ、また奇妙な能力を身に着けかねない。

 「んー……フィオちゃん。 君もやっぱり、アリスを過小評価しすぎてるよ。 アリスは、後数時間で15歳になる。 アリソンは、アリスが15歳になるまで呪術を掛けてる。 もう直ぐそれが解けて、アリスは唯一無二の絶対的な力を手に入れるからね。 鬼とフェネクスのハーフなんて、聞いたことがない」

 【道化】の言葉に、フィオは驚いたような顔をするが、道化はそれを無視した。

 「まさか、嘘だろ? アリスには、大した魔力がないって……」

 「君の主が言ってたのかい? そんなわけないだろう、龍を喰らった鬼と、不死の鳥の子供が。 まさか、魔力を持たないはずがないだろう?」

 【道化】の言葉に、ファウストも黙った。
 確かに、そうだ。 アリスは、今まで一度も魔術を扱った事がない。 魔力が少なく、魔術に転用できないのだ。
 だが、実際のところを言えば親の力を、受け継がない方が奇妙だと言える。
 龍を喰った鬼と、不死鳥。 両者ともに、莫大な魔力を有した化け物。 魔力が枯渇する理由など何処にもない。
 もっと、早くに気付いてもいいはずだったのだ。 アリスは、魔力を押さえ込んでいると。

 「そうだな、それを聞いたのはボクだけだったし。 何より、アリスが15歳になるまで周囲には伏せておくように、念を押されててね」

 【道化】は、仮面に手を掛けると、それを顔から引き剥がした。
 癖のある、赤毛を掻き毟り、真紅の瞳が、周囲を見回した。
 仮面をとる前と雰囲気に変わりは無く、そこに立っていた人物。 それは紛れもなく、クロア・ディナイアルだった。

 「何せ、ボクはアリスの守護者だからね。 君たちとは、別任務を彼女から命じられてたのさ」