ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 消失病 Disappearance ( No.24 )
- 日時: 2011/10/29 20:44
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)
もう、始まった。 彼女の仕掛けた茶番劇。
ボクにできるのは、歯車に徹する事だけ。 誰かがゼンマイを巻かなければ、ボクは回ることもない。
カラクリ仕掛けの怪物を、動かすのが彼女なのだ。
不思議の国に迷い込んだが如く、運命に翻弄される運命を背負うはずだった彼女。 アリスによって。
ゼンマイを巻くのが彼女であれば、ボクはゼンマイを巻かれるがままに、怪物として。 彼女の人形として暴れまわる運命。
どう転ぼうとも、ボクの意思が関与することはない。 先代不死鳥、アリソンの仕組んだがままだ。
シグマの封印が解けたのも、アリスの年齢が15に近づいた所為だろう。
不死鳥としての運命を、娘に託すつもりか?
面白くないな、そんな事。 君は、その程度の化け物だったっけ?
己に全てを背負い込む、後先考えない怪物と思っていたのは、ボクの勘違いか?
そんなわけ、無いだろう?
「取り敢えず、この騒ぎを収拾する方が先だよ。 どう収拾すればいいと思う?」
「シグマを殺せばいい」
クロアの問いに、ファウストが不機嫌に返す。
だが、クロアは首を横に振る。
「いや、殺してはいけないよ。 アリスが、先代の運命を受け継ぐからね」
「いや、殺せ」
「君はアリスに、永遠を生きろと言っているのかい?」
クロアが、ここで初めてその顔から笑顔を消し去った。
真剣な表情で、ファウストを睨み付ける。 恐らく、クロアが真剣な顔をすることなど今までなかったのだろう。
ファウストは呆気に獲られたような表情で、クロアを見るが、一秒と経たない内に口を開いた。
「ああ、そうだ。 不死鳥としての定めを全うする事が、あいつの運命だ」
「ふざけるなよ?」
真剣だった表情を一瞬で拭い去ると、クロアは再び笑顔を向ける。
「ボクは、キミタチに比べれば大して生きていないけど……ずいぶん、無意味に生きるのは辛かったんだよね。 それを、彼女に押し付けるつもりか。 良いだろう、ボクがそれを阻止するよ? アリスがシグマを殺すよう、不死鳥の使命を全うさせようとするのであれば……容赦はしない。 ファウストくん、いくらキミタチであろうと、ボクは平気で殺せるんだ」
クロアは右手を霧散させ、周囲にその霧を振りまいた。
それに、フィオが煙たそうな視線を向ける。
「おっと、悪いね。 ま、運命の継承をさせるか否かはキミタチで決めてよ。 継承させるつもりなら、ボクが“不死鳥”を殺すよ」
クロアはそれだけを言い残すと、二人の前を後にした。
- Re: 消失病 Disappearance ( No.25 )
- 日時: 2011/10/30 20:43
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)
非常に不快だ。
まさか、あのクロアが裏切るとは……。 【道化】として出張ってきた辺り、完全に俺を敵と見なしたらしい。
まだ、奴の力は完全に出し切らせては居ないが、恐らくアレはハッタリだったのだろう。 奴の魔力の要領を考えれば、消失病を発症することなど、まずありえない。
奴の部下だったジェームズに関しては、恐らく隠居しているのだろう。 あの騒ぎの後、全くといって良いほど消息を掴めなくなってしまった辺り、それで間違いないだろう。
奴を探し、勧誘するか? いや、奴はクロアの犬だ。 俺に付く事などありえない。 紅葉は自殺したはずだ。
生き返らせたとしても、身体能力の強化が能力の疾患型。 能力を封じられればただの人間だ。
時を戻しての蘇生は、身体への負担が大きい。 恐らくは、雛を捕らえるまでに再生可能は二人がいいところだ。
どうすればいい? 人間では力不足。
かといって、悪魔と取引する気にもならない。
シグマは考えるのを止めると、丘の上から。 アリスが居るであろう船の甲板を見下ろした。
「中々、上手く回らないものだな……」
知恵戦争と同じだ。 相手が未だ、一枚上手。
自分の能力が如何に強化されようと、敵のトリッキーな戦術の前に豆鉄砲を食らうのだ。
今回は、そうなってはいけない。 何としても、あの雛は必要だ。
シグマは小さくため息をつくと、近くに止めてあったバイクにまたがり、エンジンをかける。
「三日後に、また強襲をかけるか」
それだけ言い残すと、道なりに町へと向かう。
* * *
「右肩、痛みはもうないだろ?」
なんだかんだ。 アリスは骸骨と打ち解けていた。
どういう経路でそうなったのか、それはアリスにも今一分かっていない。
危害がないイコール味方という考えで、恐る恐るアリスの発した言葉が、今の現状を作り上げていた。
どうも“彼”は、生前は民間人Aなどといった人間だったらしいのだが、この船の船長の目に付き、死んでから船医としてスカウトされたのだという。
どういうわけか、彼は医学の心得があり、単純に医術に長けた村医者で。 特に名を知られること無く戦死したとか何とか。
死ぬ間際までの記憶があいまいで、どんな人生を送ってきたか、今一覚えていないとか。
「うん、凄いね……この薬」
アリスは青緑色のスライム状の液体で満たされた薬ビンを片手に、笑っている。
それを喜んでか、彼はアリスに小さな薬ビンにそれを移し変えると、アリスに手渡した。
「それは俺の最高傑作だ。 少しもって行くといい、シグマがまたいつ襲ってこないか分からないからな」
「今後三日は襲ってこないよ。 ただ、その間は軍の攻撃を喰らいそうだけどね」
彼の言葉に、いつの間にかそこにいたクロアが割ってはいる。
戸口にもたれ掛かり、さっきまで【道化】の着ていたのと全く同じ。 左肩に歯車の柄が付いた服を着て。
つまり……【道化】がクロアさん? 確かに、雰囲気は同じだったけど、どうして?
「シグマは、どうしたの?」
アリスが思わず立ち上がった。
それもそのはず、川岸でシグマが来たとき。 クロアはその場所に“封印”されていると言っていた。
つまり、ここに居るという事はその封印とやらが解けたことになる。
「ん? 殺さず、追い返したよ。 今後三日は、消失病の情報を仕入れた各国の政府が君を狙ってウジャウジャ来ると思うよ。 さっき、君の写真と正体がボクの会社にも流れてきていたらしくてね。 9割がた、間違ってないと思うよ」
- Re: 消失病 Disappearance ( No.26 )
- 日時: 2011/11/01 08:08
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)
「情報を仕入れた?」
「魔術を組み込んだ科学技術を扱うネットワーク社会だからね。 情報の伝達速度は尋常じゃないし、コンピューターそのものが無くても人間の脳を媒介して電脳世界に情報をばら撒く事ができるんだよ」
クロアは笑顔でアリスに説明するが、中々どうして。 彼の話は話の内容とその表情が噛み合わないのやら。
彼の話の内容は深刻であったとしても、彼の顔は深刻に受け止めているようには見えないのだ。 先ほど、クロアと話していた二人がクロアの真剣な顔に驚いたのは、そのためだ。
彼は、今まで真剣に物事を考えた事がない。 つまりは、彼には出来事であり、それに危険レベルなど付かないのだ。
ただ単純に。 彼の前には目の前で爆弾が爆発する事も、知人が死ぬ事も。 全ては、ただの出来事であり、現在はその結果でしかない。
「ねっとわーく?」
ただ、クロアの説明には一箇所。
最大にして、最も大切な説明が抜けていた。
アリスは、今の今まで山の中の丸太小屋にいたのだ。 ネットワークの存在は愚か、ネットワークという言葉すら聞いたことはない。
そして、もっと言うのであればコンピューター自体、何を指しているのか見当すら付かないというのが現実なのだ。
「人間の作り上げた情報のやり取りをする通信網の事だよ。 大体都会に居る人間はそれをパソコンという機会で扱い、必要な情報をその網の中から探すんだ」
機転を利かせ、骸骨が代弁。
「この船に電源はこの部屋にしかない。 一度、繋いで現実がどうなっているか見てみるのも良いと思うぜ」
骸骨は机の引き出しからノートパソコンをとしだすと慣れた手つきで起動し、とあるプログラムを展開。
数字の呂律を眼球のないその空洞で見つめ、キーボードを叩く。
「おぉっ、確かにクロアの言うとおりだな。 まだ公開前の新聞の記事だ」
骸骨が画面をこちらへと向ける。
すると、そこにはアリスの写真が大きく掲示されていた。
『救世主、発見』というふざけた見出しと、【道化】の後ろに隠れるアリスの写真が、画面いっぱいのアップで表示された。
『本日、午後2時35分頃、アーレイン無人漁港、廃墟と化した教会にて。 S氏が撮影した写真である。
消失病を司るといわれる不死鳥と面識を持つ【孤独な道化】の背後に跪く少女が見て取れる。
【道化】は、知恵戦争時、人体強化実験の被検体として志願し強靭な肉体を誇る怪物であり、消失病の蔓延による知恵戦争の終結後。 消失したと考えられていた。
だが、本日彼の姿と、彼の守るようにして背後に置かれた少女に、本気者は違和感を覚え彼の記録を調べ上げた結果。
消失病の存在を真っ先に警告し、魔力発生源の存在を提言した。 “不死鳥”との遭遇記録から、彼は不死鳥との契約を交わし、今に至るのではないかと推察される。
現在、彼が【孤独な道化】であるのであれば、その年齢は158歳を迎えるという。
記事を全て読み終わったアリスは、驚いたようにクロアを見つめた。
記事の内容にも驚いたが、彼女が驚いたのはその最後。
「クロアさんが……158歳?」
そう、そこである。
- Re: 消失病 Disappearance ( No.27 )
- 日時: 2011/11/03 11:46
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)
人間は、生きたとして150年間生きられる。
だが、彼は人間ではないのだ。 これからも、同じ姿で数百年は生きるだろう。
「え? そう思われてると思ってたけど?」
「いや、俺はお前が150歳には見えねえ。 アリスの言葉は最もだよ」
そんな茶番とは逆に、フィオとファウストは珍しく向かい合って席に座り、まともに口を利いていた。
「時の魔道術は危険だぞ? 正気かよ……」
「ええ、正気だよ。 アリスには、シグマは荷が重過ぎる」
フィオはナイフを手に取ると、テーブルに円を彫るとその溝に黒い絵の具を詰めるとパレットナイフで均した。
それを見てファウストは掌でその溝をなぞり、消し去った。
「死ぬぞ? 人間の欲望だけで造られた、リスクを省みない危険極まりない魔術だ。 それも、アリソンですら完全には扱えていなかった。 時差1年前後が当たり前だっただろ? 普通は、目標時刻とずれた時点で術者の体がタイムブレイクを起こして壊れるんだぞ? アリソンは不死鳥だったから平気だっただけだ、お前がやれば間違いなく死ぬぞ? その方が、俺としても清々するが……同じ神に嫌われた人間として忠告する。 間違いなく、その魔術は失敗する」
ファウストは手近の棚から釣り天秤を取ると、円の中に置いて自分の指の皮膚を噛み、数的の血液をそれの片方に垂らした。
フィオも同じように、もう片方に自分の血液を注ぐ。
「俺は、魔術を扱う才能は無いに等しい。 その俺と、釣り合ってるんだぞ?」
「いや、若干私に傾いているよ? 確率の天秤」
ファウストの手に取った天秤は特殊なものだ。
魔術式の上において、術者の血液を垂らす事で二人の内どちらがよりその術を発動するに向いているかを計る。
いつも通りであれば、ファウストの血液など重さを感じていないようにフィオの方に傾く天秤だ。 だが、今回はほぼ平行線。
つまり、二人の内どちらがこの魔術を発動しようとも、同じ成功確率なのだ フィオは、魔術を扱う才能を持っている。
だが、殆ど魔術など扱えないファウストとつりあった。 つまり、2人のどちらがこの魔術を行使しようとも。
確実に、失敗する。
そして、対象物の時を巻き戻すに当たって。 失敗すれば巻き戻そうとした時間だけ、術者は一瞬の内に時空間を移動する程の負荷が掛かる。
時の持つ力は強力だ。
それこそ、不死鳥のように不死身でなければ失敗したときのリスクは大きい。
「ほらな、失敗するぞ? 俺としては、アリソンを生き返らせるより……本人に頼むべきだと思うぞ」
- Re: 消失病 Disappearance ( No.28 )
- 日時: 2011/11/04 13:11
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: I69Bg0jY)
「いや、アリソンには頼るべきじゃない。 アリスの力が覚醒を開始する後数時間を待つとしよう。 もう、日が沈んだ。 一晩で……アリスは力にめざめるんだ」
2人の会話に、【道化】が戸口から口を挟む。
確かに、その通りの言葉なのだ。
アリスの能力は、アリソン同様。 いや、鬼の血を引くだけで既に底知れぬものだろう。
つまり、フィオとファウストの言うアリソン以上の力をもう数時間で手に入れるのであれば。
死のリスクを背負ってアリソンを生き返らせる必要は無い。 一晩起きていて、アリスを守ればそれで事足りる。
「アリスにはもう寝るように言ってきたからさ、キミタチはボクの手伝いをしてほしいところだけど。 手伝ってはくれないかな? もしかしたら今夜から既に、攻撃が始まるかもしれない」
「何をッ……!? 」
クロアの言葉の直後、船外での爆発音。
そして、眩いばかりの閃光と、無数の足音。 水の逆巻く音に、雷が地面を駆け抜ける突き刺すような振動。
陸地から。 窓を開けると、それは丘の真上から船へと迫り来る!
黒い、月明かりに照らされ輝く液体。 恐らくは、莫大な量の水を丘からこの船へ落とすつもりなのだろう。
能力者兵か……。
この騒動に、クロアは真っ先に。 【道化】として動く。
「後衛は頼んだよ」
仮面を片手に、甲板へと姿を見せると地を這う雷の餌食!
が、彼にそれが触れるか触れないか。 そこで、雷はおそれをなしたかのように消え去った。
【道化】はその手から、黒い雷電を吐き出すと水を焼き焦がす!
一瞬の出来事。 丘の上から迫る水が蒸発し、姿を消した。 それと同時に、【道化】も甲板から姿を消す。
危険なターゲットが、視界から外れたことで相手は慌てたのだろう。 周囲を確認しようと船を見下ろしたのがいけなかった。
「やあ、こんな夜遅くにここで何をしているの?」
背後から、迫り来るその声。 優しげな当たりの反面、裏では何を考えているか分からない。
そんな【道化】が、そこに居た。
「安心しなよ、殺しまではしないからさ」
それの意識は、道化の片腕に奪い去られる!
そこの隙を狙い、雷電が再び道化を襲う。 が、やはり彼の前では、雷は無効化されるらしい。
再びその雷電は掻き消され、その雷電の辿った進路を彼自身が電撃となって迫り来る!
「遅いね、逃げられないよ」
彼の進路を阻むように。 そこに元々立っていたかの如く道化は、その手に握ったダガーを振るう。
そして、周囲を見回した。
「成るほど、カークスの国家兵士達か。 総出かな? だとすれば、締めて4000人くらいかい?」
その数を相手に、【道化】は道化らしく。 怯むことなく楽しげに喋りかける。
「悪いけれど、キミタチに構っている暇は無いんだ。 早速だけど、奥の手を使わせてもらうよ?」
クロアは、仮面を取るとその瞳に歯車を宿す。
どういうわけか、それを見た途端。 周囲への意識が消え去り、その瞳を警戒してしまう。
目が……離せない?
「道化の狂想曲【カプリチオ・ピエロ】。 奥の手って言いつつ、実際は最初から使ってたんだけどね」
彼の瞳に映る歯車が回転し、砕け散ると同時。
彼の姿が、何重にも重なり、辺り一面をそれが駆け抜ける!
見れば目の前、後ろ。 上下左右。 縦横無尽に6人の【道化】が暴れ回っている?
「さっそく行くよ? 狂想曲第一番“退屈”」
「ボクは第六番“狂乱”」 「じゃあ、ボクは4番にしようかな? 第四番“無邪気”」 「そうだな、ボクも第四番“無邪気”にしよう」 「オイオイ、4番二人も要らないだろう? んー……ボクは……狂騒は遠慮するよ」 「じゃあ、ボクは第二番“天邪鬼”」
- Re: 消失病 Disappearance ( No.29 )
- 日時: 2011/11/08 21:48
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: TtH9.zpr)
文字通り、狂想曲。 彼の動きは、変幻自在、気まぐれに不規則。
空中に飛び上がったかと思えば空を駆け回り、胸を突き刺したはずの刃が背から突き刺さり胸を突き抜ける。
視界から消えたと思えば視界を覆うようにそこに居る。
神出鬼没、予測不能も良いところ。 見えているのに、その手に捉えることができない!
袖を掴んだと思えば、それはそこに既にない。 手ごたえも、布が砂に。 そして、霧となって消えていくよう。
触れても、掴めない。 実体を伴った幻のように。 ただ、目の前の道化は「ククク」と笑う。
ただ、それは長くは続かなかった。
六人の道化が、狂騒を突如止めたのだ。
彼の視線の先は、船の甲板へ。 そして、それに気付いた兵士が船へと視線を移そうとした直前に。
その息苦しい空気が、彼らを襲った。
その根源は、明らかに彼らの視線の先にあった。
「まさか……早過ぎる」
思わずクロアは、思ったことをそのまま。 そして、いつもの笑顔を忘れて。
口から、吐き出した。
まさか、もう? アリスが、覚醒した?
まさか、あり得ない。 あと、少なくとも9時間は必要なはずだ。 それとも、ボクが一日数え間違えていたか?
いや、まさか! アリソンの封印が耐え切れなかったか?
「クロアさん、いつもごめんなさい」
アリスの一言目に、クロアは呆気に取られた。
まさか、アリスの口からそんな言葉が? 力に、呑まれていないのか?
あり得ない! アリソンですら、手にしたばかりの不死鳥の力に呑まれていた時期があったのに? アリスには、それが一切無いって?
あり得ない!
「……いーや、気にする事は無いよ。 ボクが好きでやってることだからさ」
クロアは、いつもどおり。 思考を言葉に出すことなく。
正三面体のように。 裏の無い。 裏の裏に表の無い嘘を吐き出す。 だが、アリスはそれを知っているかのようにクロアを見つめる。
「嘘でしょ? 私に優しくしてくれるのも、守ってくれたのも全部。 私が嫌いだったからこそでしょ?」
アリスが、静かにクロアに言い放つその言葉は。 クロアが今まで効いた中で、最も重みのある言葉だった。
人の己が関与した言葉は、誰が言おうとも重みを持つわけではない。 全ては、言葉を操る人間によって。 クロアのように軽いものから。
アリスのように、ただの言葉が重々しくも感じられることもある。 クロアが同じ事を不死鳥に言っていれば。 重みを持ったか?
いいや、一切の重みなど持って居ない。 何故なら、クロアには不死鳥を好く理由など無かった。
クロアの顔から、完全に笑が消え去った。 笑が消えた彼の表情は、冷え切っていて。 それで居て、どこか寂しげだ。
クロアは目の前の怪物を、畏れている。 今までに見たことの無い相手を、敵意を向けられているわけでもないのに畏れている。
「ああ、そうだ。 ボクは、君のような怪物が大嫌いだよ」
クロアの言葉の直後、彼の心臓を貫くように。 決死の思いで動いた兵士の剣が。 その切っ先が、彼の胸を貫いた。
6人居た道化も、一人のダメージを共有して、胸から鮮やかな漆黒の鮮血を噴出す。 月明かりに照らされて、それは元より。 より一層、君が悪い。
「ボクは、ただの人間だからね」
彼の嘘は、そこで喉に溜まった血液に阻まれ、詰まった。
- Re: 消失病 Disappearance ( No.30 )
- 日時: 2011/11/06 19:57
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: qwEBDKA9)
悲鳴が、辺りを騒がせる。
アリスの声だ。 そして、その原因は見れば恐らく。 クロア・ディナイアルの死だろう。
彼女を嫌う人間であろうとも、彼女は一切嫌ってなど居ない。
不死鳥の娘でありながら、未だに人間の死を見なかった経験が、彼女の力の安定を図っていた。
そのバランスが今、崩壊する。
“許さないよ?”
声に出さずとも。 彼女の瞳は、そう告げていた。
彼女の四肢が、空を舞う。 空中で腕を兵士に対して突き出した。 型など一切ない、出鱈目な動き。 それが、一人の兵士を捉えると、兵士の体が空を舞った。
その間、アリスの指先が掠った者は、そこから大量の血液を噴出する!
「止めろよアリス、ボクはまだ……生きてるぜ?」
クロアは血液を吐ききると、平然と立ち上がってみせる。
それには、クロアを突き刺した兵士も驚いたように。そして、化け物を見るような顔でクロアを見ながら、後ずさる。
それにクロアは追い討ちをかけることも無く、アリスへと向かう。
「ボクは、ただの人間だからさ。 人間は……殺さないんだ」
道化が、アリスの両腕を握る。
クロアの顔を見てか、アリスの放つ禍々しいまでの殺意は、より一層強さを増した。 皮膚を突き刺すような、この感覚……。
「アリソン以来の殺気……懐かしいぜ」
アリスの手を似意義って居たクロアの手が、僅かに震えている。
アリスの力が、強すぎる。 このままだと……折られるな。
クロアは思わず手を離すと同時。 アリスの姿が……
「消えた? ……後ろか!」
刹那の差で、指だけでなく手首が吹っ飛ぶところだった。 鬼の力は……恐ろしいな。
クロアの左手首から先が、消えた。 一瞬でも気付くのが遅ければ、クロアであろうとも腕一本が粉々だっただろう威力。
「冷や汗が止まらないね」
獣のように唸るアリスに、クロアは平然と話しかける。
額には脂汗をにじませ、右腕で地面を掴むと身体を反らせ、アリスの顔面を蹴り上げる!
鬼の力に、不死鳥の力を有している。 蹴り一撃で死ぬ事などない。
「マジか」
ノーダメージ。
アリスに傷など一切無く、それとは逆にクロアは既にこれだけのやり取りで満身創痍。
アリスの指先が掠るだけで深々とその肉体は切り裂かれ、握られれば握られた部位が砕け散る。
恐ろしいパワーと、スピード。 そしてこの、出鱈目な防御力。
「恐ろしい化け物だね、君は。 けれど、ボクはここで死んじゃ駄目なんだ」
ポケットからスカーフを取り出すと、クロアは左手を覆った。
その隙にアリスはクロアに飛び掛るが、アリスを阻むように。 黒い影のような何かが、アリスの動きを封じる。
右手で指を鳴らし、スカーフを取るとそこには左手が再生していた。
「流石に、左手使えないだけで凄く不利だ。 少し回復させてもらうよ。 怪物と、しばらく遊んでてよ」
- Re: 消失病 Disappearance ( No.31 )
- 日時: 2011/11/07 20:49
- 名前: 暮来月 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: TtH9.zpr)
満月を背にたたずむクロアの足元から。 まるで湧き出るかのように黒い怪物が次々と吐き出される。
その数は、優に周囲を包囲する能力者たちを軽く覆いつくせるのではないかと思えるほど。 圧倒的な数。
そして、その強さ。 単体では一切脅威には感じないであろうそれは、集団で敵を襲う事でその手強さを発揮する!
圧倒的な速さを持つ怪物が、圧倒的パワーを宿す怪物をアリスめがけて投げ飛ばし、投げ飛ばされた怪物にアリスがカウンターをあわせると、投げ飛ばした側の怪物が再び投げ飛ばした怪物の腕を掴むと軌道を変える。
不規則で、変則。 変幻自在に軌道を変えるそれが、少なく見積もって1万という莫大な数でアリスを襲うのだ。
だが、いかに力があろうと、アリスの圧倒的な魔力には、怪物も敵いそうも無い。
殴られた怪物は、ダメージの許容を超えるとその場から消えてしまう。 アリスの恐ろしく早い駆逐速度を見れば全滅するのは時間の問題。
だが、10分はこれでしのいで回復できるだろう。
そんなクロアの読みを、アリスはたやすく踏み潰して見せた。
前兆15メートルはあろうかという巨大な不死鳥が、咆哮とともにその場に出現したのだ。
美しくも、禍々しい。 漆黒の炎の翼をはためかせ、その圧倒的な存在感たるや、神というに相応しい。
通常、不死鳥というのは真紅の炎によって形作られるはずだ。 恐らく、この炎の色はアリスの魔力が関与した結果だろう。
「……完全に力に呑まれたな。 アレを戻すのは……容易じゃないぞ」
思わずクロアが吐き出した言葉に、周囲にいた兵士達はアリスから少しでも離れようと後ずさる。 だが、その戦闘を始めたのはこいつらだ。
戦闘可能なのは500人って所か。 さーて、こいつらもだけど、アリスをどうするかな。
クロアは面白そうに微笑むと、ポケットから黄色い液体で満たされた小さな薬ビンを取り出しビンもろともその中の液体を飲み込んだ。
「キミタチが始めた戦争だ、逃げるなら殺すよ?」
薬の影響か、クロアの瞳が金色に変異する。
そして、体中から紅い煙を噴出し炎を纏ったかと思うと次の瞬間。 漆黒の不死鳥に、真紅の炎をその身に纏う火の鳥が襲い掛かる!
薬の効果は3分だけ。 それも、抗体が出来てしまうために使用限界数はこの一回! 体力の消費も、魔力の消費も今までの能力の比ではない。
不死鳥に対抗するのであれば、ただの人間で居るわけにも行くまい。
“化け物としての自分はとうに捨てたが、今回はもう一度それを拾うよ”
真紅の不死鳥は、飛び上がった黒い不死鳥の背をその足で掴むと凄まじい勢いで飛び上がり、今度はそこから急降下。 音をも置き去りに、それを地面へと叩きつける!
爆発音の後、周囲を揺るがす衝撃波が兵士を襲う!
地面に降り立つと、翼の先を見てクロアは焦りを感じていた。 うっすらと、希薄な変化ではあるが……炎が薄くなってきている。
もう、タイムオーバーか? まだ、10秒も経ってないぞ?
「あー、クソ。 解けちゃったか」
その言葉と同時、真紅の不死鳥はその場から姿を消した。
不死鳥の居たそこには、赤毛の道化が。 一切生気を失い、横たわっていた。
「クロア……さん?」
黒い不死鳥も時を同じくして、その場から姿を眩ました。
【道化】に、アリスが駆け寄るが、もう道化は元には戻らない。
「ハハハ……子供相手にこの様だ」
道化は仮面を脱ぎ捨てると、クロア・ディナイアルとして。 アリスの方を向いた。
指先が、透けてきている。
まさか、この症状は……。
「消失病が……。 消えちゃうの?」
あの、クロアが?
恐ろしく強い、彼が?
「ああ、もう症状は抑えられないよ。 多分、後何秒かすればボクは消える」
動じる様子も無く、クロアは平然とアリスと話す。
いつも通りの笑顔で、これが消えるとは思えないくらいに。 いつも通り、作られた笑顔をアリスに向けている。
死ぬ間際の、消える間際の人間が取れる態度ではない。
この人は……こんな時も【道化】を脱ぎ捨てない。 根っからの、強がりで、嘘吐きで……。
涙が、一切出てこない。 この人なら、本当に消えるだけ。 時間が経てばまた。 何処からか戻ってきて私に笑顔を向けてくれそうな。
そんな気持ちに、してくれる。
「さーて、ボクは戦線離脱だ。 アリス、まあ、頑張って」
その言葉が最後。
彼の顔に一筋の闇が走ったかと思うと、そこから広がった闇が、彼を飲み込んだ。
余りにもあっさりと、クロア・ディナイアルという男は、この世界から姿を消した。
存在そのものが、まるで嘘だったかのように。