ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 消失病 Disappearance ( No.4 )
- 日時: 2011/10/07 17:37
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)
一匹の白と黒の獣が、その手に刃を握り締め、今にも振り下ろそうとしている。
あまりにも長い黒い頭髪が舞い上がり、その手に握った刃の先には人間の眼球が。 今にも、切っ先はその眼球を抉るかというところで、眼球はどす黒く変色すると同時。 刃がそれを突き抜けた。
だが、眼球を捕らえることなくその刃は、空を掻く。
眼球のあった場所には、黒い靄。 まるで霧を引き裂くように、刃はその空間を駆け抜ける!
が、その霧を散らすだけで手ごたえはない。
「あっ!」
次の瞬間、刃を手にした獣の腕に舞い散った靄が巻きつくと、人の手の形を成してみせる。
そして、刃を握った獣の背後から、純粋無垢な笑顔が……獣に向けられた。
「うん、今の一瞬の内に何回死んだだろうね? ボクだったら……132回、殺せるよ」
笑みを向けたのは、赤毛の癖毛頭が特徴的な青年。 ただ、彼は青年などと呼べる年齢ではない。
笑顔を向けられた長い髪の獣こと、少女は……その手に握った刃を地面に取り落とすと、笑顔に向かった。
「クロアさん、強すぎるよ」
少女は、その金色の瞳で赤毛の彼を不思議そうに見つめる。
「いいや、ボクと同じくらい強い奴なんて沢山居る。 死んじゃった君のお母さんの方が、ボクより強かった。 君も、同じ使命を背負っている生きているんだよ。 だから、ボクよりも強くなってもらう必要がある。 まあ、立て続けにボクを殺そうとして疲れただろう? そろそろ、昼ごはんにしようか」
アリス・F・N・セイファート。 これが彼女の名だ。
物心ついたときから、ずっとこの辺鄙な村でクロアさんと暮らしている。 周囲は山や森に囲まれ、近くを川が流れている。 自然豊かといえば聞こえはいいかもしれないが、率直な私の感性で言えば超ド田舎だ。
私という生き物は、井の中の蛙だ。
私は都会というところに、行って見たいと思う。 本で読んだだけだが、沢山の人間と、店と、見たこともない大きな建物。
そんなものが沢山有る中に、行って見たい。 ただ、それを今丸太小屋で暮らしている『クロアさん』に言うと、必ず答えは決まって、
「都会なんて、まやかしだよ。 上っ面だけの友情は確かにあるけれど、その裏では欲望が渦巻いているこの世界で最も穢れた場所さ。 君には、まだ早過ぎる」
と、返されるのだ。
欲望。 それが何を意味するかなど、私には分からない。
他にも、
「ボクから見て都会と呼べる場所なんて、もう無いんだよ。 馬鹿な人間が、自分達で壊したんだ」
とも、答えてくれた。 やっぱり、意味が分からない。
まるで、この村が今この世界に人の居る場所。 そんな印象を受ける。 だが、私達以外の人間は、確かに居るのだ。
私のお母さんの友達の、黒薙童子さんや、シェリーお婆さん。 他にも、サタンって言うおじさんや、ロアという私と同年代だろう女の子。 ミゲルという、クロアさんに似た小さな子供や、フィオという画家さん。 会ったことが無いけれど、アリソンさんやヴァンさんという人も居るらしい。
ただ、会った事のない二人の事は、クロアさんに聞いただけだ。
「お昼、何にするの?」
私の問いに、クロアさんは少し考え込むと、小屋の横に立てかけてあった鉈を手に取ると、
「熊鍋」
笑顔で答えてくれた。
でも、それって……
「昨日と同じ?」
「そうだっけ? じゃ、鹿鍋」
いや、それも……
「それ、昨日の夜ご飯」
「じゃ、猪鍋」
「鍋ばっかりだね」
「そうだね。 んじゃ、魚」
「それじゃあ、鉈はいらないよね?」
私の言葉に、クロアさんは首を横に振った。
蒔き割用の鉈で、クロアさんはさまざまな動物を捕らえてくる。 昨日のお昼は熊。 夜は、鹿。
それで、今日の朝ごはんは昨日の熊と鹿の残り。
クロアさんが、鉈を手足のように扱うのは良く分かっている。 いや、鉈に限らず刃物全般をとても上手に扱う。 ただ、鉈で魚は……どうやって獲るつもりなんだろう?
「いいや、要るよ。 アリスも……来るかい?」