ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 消失病 Disappearance ( No.6 )
- 日時: 2011/10/09 12:31
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)
私は、魚は釣るものだと今日その時まで認識していた。 だが、クロアさんの思考は奇妙奇天烈を極めたような奇抜な発想が多い。
鉈の使い方は、確かに合っている。 木を割るのに使っているからだ。
ただ、割った後の木と小さな木片。 それの使い方に大きな差があった。
小さな木片や木っ端は焚き木に使われ、細長く削れた棒状の破片。 それを彼は手荷物と、水中へ。 魚めがけてまるでダーツの矢の様に突き立てたのだ。
鉈を持ち出した時点で、釣らないとは認識した。 だが、まさかこんな奇妙な捕まえ方を釣るとは、夢にも思わなかったというのが現状。
この人は、一体いつも何を考えているのだろう?
「ほら、焼けたよ」
焚火にさらしてあった魚を、投げ渡され一瞬と惑うが、難なく手に取ると口へと運んだ。
「何で、クロアさんはこんなところに住んでるの?」
いつもの習慣であり、食事のときの質問タイム。
その問いに、彼は少し考えたように見えたが、直ぐにこちらを向いて
「化け物が、追いかけてくるからさ。 ボクより強くて、恐ろしい奴がね」
いつもどおりの答え。
質問する内容は、いつも同じ事を聞く。 だが、決まって毎度答えが違うのだ。 ただ、この質問。 「何故ここに居るのか」というものに限っては……恐ろしい化け物が追いかけてくると答えるのだ。
だが、私はその化け物を知らなければ……小屋の近くの森にいる魔物どころか、動物ですら見たことが無い。
「いつも、それが同じ答えなのは?」
「これが、真実だからさ」
その言葉の後、クロアさんはその場から立ち上がると川の向こうに目をやった。 クロアの視線の先には、こちらをサングラス越しに見ている白髪の男が。
今までに、見た事が無い人間。 そして、この……クロアさんの放つ皮膚に突き刺さるような空気……。
自分で対応できないくらい危ないときは、逃げろ。 そう言われてきたが、今がそのときなのだろうか?
「アリス、ボクから……この場から離れろ」
クロアさんの口調が、今までにない程静かで……重々しいものに変化した。 明らかに、これは危険。
「シグマ君じゃないか。 黒薙童子に殺されたと聞いていたんだけど……、中々、元気そうじゃないか」
相手を挑発するように、クロアはいつもの口調で川の向こうにいる男に喋りかける。 シグマと呼ばれた男は、黒いスーツを着なおし、ネクタイを直し、ローファーにも拘らず川を跳躍のみで飛び越えた。
クロアの目の前に、シグマが迫る。
「あぁ、お蔭様でな。 まさか……貴様がここまで腑抜けるとは思わなかったぞ。 あの程度の人間に……温室育ちのガキどもに唆され、何を得た? 俺は……命を失ったが」
シグマという男もまた、クロア同等。 いや、それ以上の悪寒を抱かせる言葉を吐き出す。 口調や、言葉にはなんら特別なところは無い。
ただ、彼がその言葉を口から吐き出した……それだけで、その言葉は威圧へと変わるのだ。
これが、恐怖?
「そう、災難だったね。 ボクも、まさか改心させられるとは思ってもみなかったよ。 ところで、君も食べるかい?」
クロアは今しがた焼きあがったばかりの魚を、シグマに勧める。 だが、シグマのクロアに伸ばされた腕は魚ではなくクロアの顔面を引っ掴み、高々と彼を持ち上げた。
それに対し、クロアは笑顔のままだ。
「魚は嫌いだったかな?」
「貴様、何故裏切った!」
シグマの読めない表情が、今はっきりと憤怒を浮かび上がらせる。
だが、クロアはそれに対してもやはり気おされることなく笑顔のままだ。 クロアの体がどす黒く変色すると、霧散してシグマの目の前で再び人の体を成す。
「裏切ったつもりは無いんだよ。 ボクはただ、住み心地のいい世界を手に入れたかっただけさ。 君の見たかった地獄絵図は、必要なかったんだよ。 でも、いいものが見れただろう? 魔力に耐性の無い一般人が次々に消滅していく。 消失病。 ボクにとっては、十分地獄だったけどな」
「貴様のその思考が、腑抜けたと言っている」
シグマの言葉に、クロアは少し考え込み、
「そうだな、死体が見たかったのかい? まさか、封印空間にまで追ってくるとはね ……アリス、逃げろ!」
彼の言葉の直後。 二人とアリスを、突如地面から出現した巨大な黒い壁が分け隔てる。 そして、次の瞬間。 アリスの足場がまるで組みあがったパズルのピースをひっくり返したように。 次々と崩れ落ちる!