ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の扉black-door ( No.3 )
- 日時: 2011/10/15 12:44
- 名前: シロスケ (ID: HhjtY6GF)
第一話 黒い扉と鍵
─────快晴。
都立明星高等学校のブレザーを着た男子生徒が、大通りの道を前から来る人波を避けながら歩む。
柊天佑にとって、この光景はいつもと変わらぬものだった。
変わらぬ周囲、特に長けた能力も持っていない、成績も運動神経も普通、つまらない毎日の繰り返し。
ハッキリ言って、天佑は毎日に飽きていた。
いっそのこと、世界が引っくり返るようなことでも起きればいいのにと、たまに思う。
しかし、思ったところで何も変わらない。
ボーっとした表情で、天佑は自宅がある住宅街入口のアーチを潜る。
規則正しく並んだフランスの雰囲気が漂う住宅街。そこは世田谷区の奥地にある高級住宅街の密集地だった。
「あら、天佑君おかえりなさい。」
「ただいまです、元嶋さん。お腹の赤ちゃんは元気ですか。」
天佑が歩いていると、道を箒で掃除する若い妊婦が喋りかけてきた。
天佑と同じく高級住宅街に住む元嶋春香。彼女は23歳で新しい命を授かったが、夫を1年前に亡くしている。
「元気よ。元気すぎて困っちゃうけどね。もう4週間ぐらいで生まれるの。」
「確か女の子でしたよね。名前は決まったんですか?」
天佑が聞くと、元嶋は膨らんだお腹を優しく撫でながら言う。
「名前は……紅葉(くれは)。秋に授かったし、あの人は秋が好きだったしね。」
元嶋は笑顔を見せて言うが、その笑顔にはどこか寂しさもある。天佑はそれを感じ取っていた。
「あの飛行機事故から1年…………時間が経つのは早いね。妹さんは元気?」
「こっちも元気すぎて困ってますよ。生徒会長で毎日忙しそうだし、家事ぐらいは僕がやってます。」
「……頑張ってね。絶対に、道は間違わないでね。」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、元嶋さんも頑張ってください。」
天佑は笑顔で元嶋に言うと、再び自宅に向かって歩き出した。
天佑には、両親がいない。
1年前に起きた不可解な事故のせいで、天佑の両親や元嶋の夫、そのほかにも約250名の尊い命が失われた。
あの事故の原因は、今でも詳細に分かっていない。
飛行機会社や警視庁は、「管制塔の情報伝達に誤りがあった」と説明しているが嘘である。
一般人でも分かるような嘘。天佑は、この時大人を嫌いになった。
しかし、全ての大人が嫌いというわけではない。
心優しい大人、自分と同じ境遇の大人、そういう大人は嫌いではない。
ただ、理不尽で横着な大人が嫌いであった。
━━━━━━
同時刻。
「はぁはぁ……はぁ…………ちくしょ……んだよ…………」
川沿いの人気が少ない陸橋下、左肩から血を流しながら1人の中年男性が何かから逃げていた。
男性は右手で左肩の傷を押さえ止血しようとするが、傷が深すぎ血が止まる気配がない。
「逃げんな、おっさん。あんたは鍵の所有者に向いていない、俺に鍵をよこせ。」
陸橋の影から、上下黒ジャージの高校生ぐらいの男の子が出てきた。
男の子の眼は鋭く、千鳥足で逃げ行く男性を睨みつける。
「もう鬼ごっこは終わりだ。てめぇは何も分かっちゃいない。」
「あ……あぁぁぁ!!!!またあの意味の分からない力か!?」
男性は悲鳴を上げて陸橋の下を抜ける。と、抜けた瞬間だった。
「わ、わぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!」
男性の体が空を舞い、そのまま5メートルほど飛ばされて川中に叩きつけられた。
男性はすぐに川から顔を出したが、川岸に立つ男の子を見て表情を変える。
しかし、男の子は先ほどの鋭い目とは違い、優しい笑みを浮かべて男性に言った。
「鍵をよこせば見逃してやる。また、平々凡々の生活に戻れるぜ。」
「……か、鍵は今ので………川の中に…………」
男性のその言葉で、男の子の穏やかだった表情が一変する。
「じゃあ、用はない。じゃあな。」
男の子は右手をピストルの様な構えにし、不気味な笑みを浮かべた。
「ま、待て!!何も言わないから!!!黒い扉のことも!!!!鍵のことも!!!!!」
男性は必死に男の子に向かって叫ぶが、男の子の耳には入っていない。
「気砲(エアー・キャノン)」
男の子がひっそりと、そう呟いた。
その直後、男の子の人差し指から目にも見える空気の塊が男性に向かって飛んでいく。
「………あ、あぁぁぁぁ……───────。」
空気の塊が男性の腹部に当たった瞬間、男性は向こう岸まで吹っ飛んだ。
向こう岸の砂利の地面に男性は叩きつけられ、そして二度と動くことはなかった。
「鍵は川に……。この流れの速さだと、流れて行ったな。まぁ、そのうち誰か拾うだろ。」
男の子は死んだ男性に一瞥もせず、そのまま陸橋下にある関係者以外立ち入り禁止の扉の前へ向かう。
そして、ポケットの中から‘02’と書かれた銀鍵を鍵穴に差した。
『コード02 村形紫苑 入室許可します』
どこからか女性の声が聞こえたかと思うと、鉄製の扉が見る見るうちに黒く染まっていく。
扉はドアノブまで黒く染まり、扉全体が黒く染まった瞬間に「ガチャッ」と音をあげて勝手に開いた。
「ちゃっちゃと王様に成り上がってやるよ、黒い扉さんよ♪」
村形紫苑は黒く染まった扉をポンポンと叩きながら言い、そのまま扉の先へと足を踏み入れた。
これは、始まりではない───────。
もう、始まっている───────。