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Re: Alchemist—アルケミスト— ( No.7 )
日時: 2011/12/19 00:51
名前: 地下3階 ◆qA7f3c84E. (ID: T32pSlEP)

第1章—⑤ 「錬金術師〜アルケミスト〜」


アルケミスト教育施設「ギルガンテ」校長室—


「それで……? あなたは人目もはばからず、堂々と錬金術を使ったと?」
メガネをかけた中年の女性がため息をつく。胸のところにある名札によると、彼女の名前はアナスタシア・フランドル。
そのアナスタシアが呆れ顔で見ているのは、稀代の問題児、ジャンゴ・シュヴァルツだ。
「相変わらず細かいねえ……俺がいたときと、まるで変わってないようですね、校長先生」
ジャンゴは苦笑しながら、アルケミスト育成のための教育機関「ギルガンテ」のトップを見返した。
「あなたのその人を食ったような態度もね、ジャンゴ。卒業してから、ずいぶんとお楽しみのようね?」
アナスタシアの目がきらりと光る。
「んー……ま、こんな退屈なだけの学校生活よりは、刺激的ではあるかもね」
「それは捉えようだわ。平和であることは何物にも変えがたい、そう思わない?」
「…………確かに、な」
ジャンゴは小さく笑った。













アナスタシア・フランドル。
彼女もまた世界でも屈指の錬金術師だ。その実力は選ばれしアルケミストだけが入れる世界監視機関「チェッカーズ」の幹部にも劣らないといわれる。
ジャンゴの父でチェッカーズ総帥でもあるルイスの頼みにより、ギルガンテを仕切っている彼女だが、有事の際には彼女がチェッカーズの先遣隊として派遣されることも多い。
故に自らのアルケミストとしての責任を強く感じており、ジャンゴのようなはみ出し者を更生させることに並々ならぬ熱意を持っている。
そんな彼女が、火事で逃げ場を失った人間を救助するためとはいえ、本来公にしないことが鉄則とされている錬金術を、あっさりと使用したジャンゴをギルガンテに呼び出すのは当然のこととも言えた。
ただし、理由はそれだけではないのだが—










「………とにかく、何度でも言いますが、一般人の前での錬金術の使用は禁止です。いいですね?」
アナスタシアが念を押すように言う。
「……分かったよ。それより—」
ジャンゴが真剣な顔つきになる。
「……何か?」
「まだ何かあるんだろ? 俺に話さなきゃいけないことが」
アナスタシアは静かにため息をついた。
「………さすがに察しは良いですね」
「あんたが説教を早めに切り上げるときは、必ず何かあるからな」
ジャンゴは改めてイスに座りなおす。
「で? 何があったんだ?」
アナスタシアはわずかに間を空けてから、話し出した。
「…先日、特別監視隊、第13班が全滅しました」
「何っ……!?」
ジャンゴは思わずイスから立ち上がった。
特別監視隊。チェッカーズ直属のエリート部隊だ。常に世界の動向を確認し、報告する。特に第13班は指折りの実力者が集まることで知られていた。
「1週間前、彼らは日本地区の東京という街で全員、死体で発見されました。それも明らかに錬金術によって殺された形跡まで残っています」
「トラックがあったのか…?」
トラックというのはアルケミストが錬金術を使用した際に残るわずかなエネルギーで、個人によって残り方に差が出る。アルケミストを特定する手がかりとして、早くから研究されてきた。
「ええ、しかも術者は不明。トラックをいくら調べても一致するアルケミストはいませんでした」
アナスタシアが落胆した面持ちで話す。
「そんなことが……」
ジャンゴも愕然としていた。トラックが存在したということは、間違いなく錬金術が使われた証拠だ。なのに術者が特定できない。通常ならば考えられないことだ。
「つまり……その術者は、1週間前まで、生まれてこの方、錬金術を使用したことがないどころか、自分にそういう能力があることすら…!?」
「知らなかった、そう捉えるより他に、この不可解な現象に論理的な説明はつきません。しかし、あの第13班を全滅させるほどの使い手が、1週間前に覚醒したとは、とてもじゃないけど、考えられない」
アナスタシアの表情には、ありありと苦悩の色が表れている。
「確かに………それで……俺に話ってのは、つまり—」
「ええ。この術者を探して、捕まえてほしい。できれば生け捕りで」
ジャンゴはかぶりを振った。
「待ってくれ。確かにそいつのことは俺も気になる。だが、それは監視隊の管轄だろう?」
「このアルケミストは、只者じゃない。しかも、この件はトップシークレット。チェッカーズでも知ってるのはごくわずかよ。あくまでも極秘裏に解決する必要があるの」
「……分かるけど、でも—」
「ジャンゴ、事は急を要するわ。しかも誰にも知られず、片付けなければならない。あなたのアルケミストとしての実力を見込んでのことよ」
アナスタシアは必死に訴えかけるが、それでもジャンゴの表情には曇りがあった。
「……俺1人ではいくらなんでも無理だ。仲間は?」
「……ナーシャにもすでに話は通した」
「ナーシャに……!? 先生正気か!? あいつは実戦経験なんて…」
「分かってる。あくまでも情報収集などのサポート役よ。実戦はさせない」
「危険すぎる」
「彼女も承知の上よ」
「あんたなぁ!」
ジャンゴがアナスタシアの胸倉をつかんだ瞬間、校長室の扉が開いた。
「やめてジャンゴ! 私は自分で行くって言ったの!!」
ナーシャが常にない大声を張り上げた。
「ナーシャ……」
「ジャンゴお願い、先生のお願い聞いてあげて。先生は元第13班だって知ってるでしょ? 一番行きたいのは先生なんだよ? 少しは先生の気持ち、分かってあげてよ……!!」
「…………」
ジャンゴは唇をかみ締めながら、胸倉をつかんだ手を離した。
「……ごめんなさいジャンゴ。でも、あなたにしか頼めないの」
「………ジャンゴ」
ナーシャが祈るような目で、ジャンゴを見つめる。
ジャンゴはしばしの間、無言で考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「………OK。引き受ける」
「ジャンゴ……」
「ただし」
ジャンゴは歩み寄るアナスタシアを制した。





「終わったら今後お説教はナシだ」